愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「あっ!」

 たくさんの人が行き交う中でも、彼の姿は見間違わない。素早く背を起こして、一点を凝視した。

 まるで私のあげた小さな声が聞こえたかのように、千隼さんが顔を上げて辺りを見回した。
 その先で、私の姿に気づく。

 ここへ来る道中は、なにかに急き立てられるように急ぎ足でいた。
 それなのに今は、二年ぶりに彼の姿を目にして身動きが取れなくなっている。

 先に動いたのは、千隼さんの方だった。
 私を見つけた彼は、小走りにこちらへ向かってくる。その様子を、ただじっと見つめた。

「小春」

 低く心地よい声で呼び、身を屈めて私の顔を覗き込む。すぐになにかに気づき、目を見開いた。

 なにも言えないまま首を傾げる私の頬を、彼の指が掠めていく。
 次の瞬間には、千隼さんの腕の中に囲われていた。

「ただいま、小春」

「お、おかえり、なさい」

 自身の震える声に、驚きを隠せない。
 彼の腕の中が、これほど安堵できる場所だとは知らなかった。
 力の抜けた体を完全にあずけて、千隼さんを感じるように大きく息を吸い込んだ。彼は香水をつけているわけでもないけれど、懐かしに匂いに包まれて胸が熱くなる。

「小春が泣いているのは、俺との再会を喜んでくれているのだと思っていいか?」

「え?」

 指摘されて、自分の頬に触れる。そこで初めて、自分が涙を流していると知った。

「あれ? え?」

 彼からわずかに距離をとり、目もとを拭う。

「無意識だったのか。で、それは俺との再会に感極まった涙だと、自惚れてもいいかな?」

 理由なんて、考えなくてもわかっている。
 あれだけいろいろと不安になっていたのに、彼の姿を目にした途端に安堵してすっかり気が緩んでいた。
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