愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 心配事はなにひとつ解決していないはずなのに、千隼さんを前にしたらすべてが吹き飛んでしまったようだ。
 今だけは、この幸せに浸っても許されるだろうか。

「自惚れるって」

 その言い回しのおもしろさに、一拍遅れてくすりと笑う。

「あたりまえじゃない。会いたかった」

 彼とどんな距離感で接していたのか迷ったのは一瞬で、するりと本音がこぼれる。

 二年前に帰国を決めたとき、こちらでの滞在は長期になるだろうと覚悟していた。
 けれど、これほど会えないなんて想定外だ。

 再び彼の腕の中に閉じ込められ、その背に自分の腕を回した。

「千隼さん。勝手ばかりして、ごめんなさい」

「謝る必要なんてない。正樹さんたちのを手助けするように促したのも、危険だから日本にいるように言ったのも俺なんだから」

「でも……」

 危ない状況の中に、千隼さんだけを置いてきてしまったのもまた、私の心に影を落としていた。

 体を離した彼が、あらためて私の顔を覗き込んだ。
 泣いてしまった気恥ずかしさに視線を逸らし、うつむきがちになる。

「久しぶりに会えた奥さんの顔を、ちゃんと見せてよ」

 甘い口調で請われて、そろりと顔を上げる。
 視線が絡まった途端に、千隼さんは目を細めて愛おしげに私の頬をなでた。

「ああ、小春だ。やっと触れられる」

 ストレートな物言いに、頬が熱くなる。
 彼から求められているのを感じて、再び目頭が熱くなった。

「小春の泣き顔にはそそられるが、他人の目に晒すのは嫌だな。俺たちの家に、早く帰ろうか」

 千隼さんはこんな物言いをする人だったかと疑問に感じつつ、促されるまま態勢を整える。それからさっと手をつながれて、戸惑う間もないまま歩きはじめた。
< 86 / 154 >

この作品をシェア

pagetop