愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 今日から私たちは、またふたりで暮らす。
 彼の足取りが軽やかなのは、私と同じようにそれを待ち望んでくれていたからだとプラスに捉えておく。

 どこかのタイミングで山科さんの話を出すべきかとうじうじ悩んでいたが、このよい雰囲気に水を差すような真似はしたくない。
 本当は怖くて聞けないだけなのに、ほかの言い訳を見つけてごまかしながら歩き続けた。

 私たちが借りたマンションはお互いの実家からもそれほど離れておらず、千隼さんの職場へのアクセスも便利な場所にある。ベルギーにいた彼と、いろいろ検討して決めた部屋だ。

 彼は私に、日本にいる間くらい自由に過ごしてよいと言ってくれている。仕事を続けるのも辞めるのも、私に任せると言うのだ。

 千隼さんは、今後もフランス語圏の国へ赴任になるだろう。だから私は、これからは本格的に語学の勉強をしようと決めている。
 それから、これまでのように毎日とはいかないが、週に何日かは紅葉亭の手伝いもするつもりだ。
 新しく仕事を探そうとも考えたが、どうせならそのまま店の手伝いをしたらどうだと言ってくれたのは千隼さんの方だった。

「ただいま」

 玄関を開けて、誰もいない室内に声をかけた私を彼が小さく笑う。
 くるりと背後を振り返り、満面の笑みを浮かべた。

「おかえりなさい、千隼さん」

「ただいま、小春」

 目を細めながら、彼が返してくれる。
 直後に、ぱたりと玄関が閉じた。それと同時に、千隼さんに抱きしめられていた。
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