拝啓、親愛なるお姉様。裏切られた私は王妃になって溺愛されています
第二章 廃太子された公爵

 俺が連日の潜入調査を終えて家路についたのは、今日も夜明け前だった。屋敷で纏わりつく酒精と白粉の匂いを落とし、遅い眠りにつこうと床に向かいかけた。
 その時、ふいにぽつぽつと水粒が窓に落ち、細い軌跡を描いているのに気づく。
「ほぅ。雨が降り出したか」
 俺が足を止めて呟けば、ひと足先に寝台の上で丸まっていたザイオンが反応し、ピクリと体を揺らす。
 のっそりと顔を上げて窓を見やるその姿はネコそのものだ。しかし、彼の本性は闇の精霊。そしてありがた迷惑なことに、俺は彼の加護を受けた〝いとし子〟だった。
『ニャー《これは、荒れるかもしれんな》』
 ゆえに、只人の耳にはネコの鳴き声にしか聞こえないその声も、俺の耳には明確な意味をもって届いた。
 ……春先の雨、か。
 春先の雨は、どうしたって俺に〝あの日〟を思い出させる。重く、苦しい記憶に通じる、あの──。
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