宿り木カフェ
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それは、二人で会ったあの日から半年以上経った時のことだった。
お互い忙しくて、特に彩が仕事が立て込んでいて予定が合いにくいと言うことで飲み会はずっとしてなかった。
夜一人でビールを飲みながら、自室でメールのチェックをしていたら、スマートフォンが鳴る。
そこには『岡口彩』の文字。
私は通話ボタンをタップした。
「久しぶりだねぇ」
『そうだね』
私は普通に話しかけたつもりなのに、彩はそう返した後、何も話さない。
いつもなら愚痴を言い出したりするはずなのに何があったのだろう。
「どうしたの?何かあった?」
私は仕事で何かよほどのことがあったのかと心配になった。
ずっと仕事が忙しいと言っていたし、これくらいの年齢だと任されるものも大きくなる。
大きなミスで責任を取るようなことだってあるのだから、もしかしたら。
『今日はその、言わないといけないことがあって』
少し恥ずかしそうな声。
その言葉に、私は一気に何のことか察した。
言いにくそうにしているのだ、これは私から振るべきなのだろう。
「なにー?彼氏でも出来たの?」
少しふざけた声で言ってみる。
なのにすぐに声は返ってこなかった。
『・・・・・あのね、私、妊娠したの』
え?
私は思っていなかった言葉を聞かされ、一瞬思考が止まった。
彼氏でもなんでもなく、突然子供?
『実はずっと好きな人が居て、その、勢いで寝ちゃってさ。
そしたらなんか妊娠しちゃって。
おろしたくないっていうなら仕方がないって彼も言うし、なら結婚しようって事になって・・・・・・』
え?何を言っているの?
いい歳した大人が、勢いで寝た?避妊もせずに?
おろしたくないから仕方がない?
何が仕方ないの?
子供が出来たこと?
結婚しないといけないこと?
私はまだ何かしゃべっている彩の言葉が頭に入らない状態で、ひたすら疑問だけが湧いてきた。
彩の両親はとても若い時に出来ちゃった婚をして、家族皆相当苦労したと彩から子供の頃に聞いた。
彩は言ったのだ、そんな親の身勝手に子供を巻き込んで欲しくなかったと。
私が出来たから仕方なく結婚して、毎日両親が喧嘩をしているのを見るのは嫌だと泣いていたりもした。
そうやって苦しい思いをしたのに、自分も勢いで子供が出来た?
仕方がないの?子供が出来たのに?
寂しそうに笑っていた子供の頃の彩の顔と、電話の向こうにいる、身勝手な女の言葉に混乱する。
私は急に吐き気がしてきた。
『だから親友の愛に一番先に報告しなきゃって』
彩の声は、既に嬉しい時のものだ。
そうか、嬉しいのか。
だけど、自分の気持ちはドロドロとしてひたすら渦巻いている。
「・・・・・・そっか、おめでとう」
『ありがとう!』
「ごめん、母親が呼んでるみたい」
『そうだよね、愛のとこ大変だもんね。じゃあまた』
「うん」
私はすぐに通話を切った。
母から呼ばれたなんて嘘だ。
でも切りたかった、今すぐにこの電話を。
ドロドロと黒い感情が溢れてくる。
どうしたらいいの。
祝ってあげるべきなのに。
本当に、どうしたらいいの!この薄汚れた感情を!
私はパソコンの検索サイトを開き、検索する。
『苦しい 助けて 誰か 話を聞いて』
そこで色々見ているうち、一つのサイトが目に入った。