宿り木カフェ
利用するのにヘッドセットがあると良いと書いてあったので、安いものを買って準備した。
どきどきしつつ、宿り木カフェから連絡のあったスタートの時間になった。
パソコン画面に着信を知らせる表示が出る。
私は何か悪いことでも今から始めるかのような気持ちになりながら、びくびくと通話ボタンを押した。
『こんばんは』
「こ、こんばんは」
そこから聞こえたのは、低めの落ち着いた声だった。
『あはは、緊張してるね?
先に自己紹介を。
僕の事はリュウと呼んで下さい。
会社を経営している30代後半の既婚者です。
希望には30代半ばとあったけど、まぁ35歳は超えてるから後半ということで。
まずは大丈夫かな?』
「あっ、はい!」
ゆっくり、でもしっかりと耳に届く言葉。
私は何故か彼の雰囲気に圧倒されて、慌てて返事をした。
『急に知らない男性と話すんだ、緊張しない方が無理ってものだよ。
何か飲み物は近くにあるのかな?』
「あ、はい!コーヒーを用意してます!」
思わずびしっと返事をしたら、ヘッドセットから、くくく、という押し殺したような笑い声が聞こえた。
どうしよう、色々変な子に思われたのかもしれない。
『緊張させてごめんね?
実は僕もコーヒーを横に置いていてるんだ。
まずはお互い少し喉を潤そうか』
リュウさんはそういうと、少しして向こうから喉をならす音がしっかりと聞こえた。
私も慌ててコーヒーを飲む。
「・・・・・・はぁ」
思わず息を吐くと、また耳元に笑い声が聞こえた。
「す、すみません・・・・・・」
何だかもの凄く恥ずかしい。
さっきから空回りばかりしている気がする。
『いや、こちらこそ笑ってごめんね、面白い子だなって思って』
楽しそうにそう言うリュウさんに、何故か一気に彼が重なった。
声は全く違うのに、顔も見えない相手で通話しているだけなのに。
そうだ、先に大切な事を話さなければならない。
「あ、あの!」
『なにかな?』
「私、不倫してるんです」
『うん』
勢いで言ったはいいが、普通にうん、と返されると、その先どういうべきなのか言葉が出てこなかった。
少ししてまたリュウさんの笑い声が聞こえ、どう続けたらいいのか頭がまっ白になった。
何か喋ろうとするけれど上手く言葉に出来ない。
彼は、大丈夫、ゆっくりで良いよと優しく声をかけてくれ、それでも私が恥ずかしさとか戸惑いで言葉に詰まると、彼は今日は何を食べたの?などと答えやすい質問をしてきてくれ私はただそれに答えるだけで精一杯だった。
『そろそろ無料分の自己紹介タイムが終了するね』
「ほんとだ!」
『さて、もし僕で大丈夫なら日程はサイトに表示してあるから。
ご予約、お待ちしています』
何だかいたずらっぽい声で言われ、私は恥ずかしい気分に襲われた。
「今度からよろしくお願いします!」
私は思わず頭を下げた。
やはりくすくすと笑い声が聞こえる。
『うん、こちらこそ』
初めての通話が終わり、私は緊張の糸が切れたように机に突っ伏した。
初めての通話は緊張のせいかあっという間で、他にも会話があったはずなのに、まともに話した記憶が思い出せない。
今度こそ、今の気持ちを聞いてもらわなければ。
三十分で何を話したかわからないのならこの時間じゃ足りない。
私は早々に二回分、1時間で予約してしまった。