宿り木カフェ
*********
『こんばんは』
「こっ、こんばんは!」
緊張で思わず声が裏返った。
ちょっとした間の後、ぶはっ!と大きな笑い声が聞こえた。
「すみません・・・・・・」
『笑ってごめんね?
いやいや初々しくて良いよ。
さて、今日は前回聞けなかった、君の彼氏のことでも聞かせてもらおうかな?』
まるで私の気持ちを知っているかのように何やら楽しそうな声で話題をふられ、うっと言葉に詰まる。
話そうと思ってこのサイトに登録したはずなのに、いざ話そうと思うと不倫なんて話してはいけないという今までのストッパーが邪魔をしてしまう。
そんな私を見通してか、
『そうだなぁ、相手はどんな人なのか、君との馴れ初めとか、Hは上手かとか?』
ぶはっ!と思わず今度は私が吹き出すと、ごめんごめんと笑い声で謝られた。
『君が好きな人はどんな人なのか、僕に教えて?』
遅くもなく早くもないのに、しっかり相手の心を掴むようなリュウさんの声が、私を話しやすいようにと手を差し伸べている。
私は、今日も横に置いているコーヒーの入ったマグカップをとり、ぐいと飲むと、意を決して話し始めた。
彼との出会い、相手は尊敬した上司であること、遙に年上なのに可愛いと思ってしまったこと、恋に落ちてしまったこと。
そんな人に認められたくて必死に仕事を頑張ったこと、そして、酒の勢いを借りて彼に迫ったこと。
それを彼は上手く短い質問をし、私が話せばうん、ほぅ、それで?と話すことを促すように心地良い相づちを打ってくれた。
リュウさんからすれば仕事で当然のことなのかも知れないが、こんなにも気持ち良く彼のことを他人に話せたのは初めてで、私は妙な高揚感に包まれていた。
『こんなに奥手そうなお嬢さんが、酒の勢いとは言え迫ったんだねぇ。
迫られた男は果報者だ』
「そ、その点は私もあの時の自分は、本当に自分だったのかと思うくらいで。
今思い返すと何でそんな凄いことが出来たのかと、ふと思い出しては恥ずかしさで穴に入りたいと思う事すらあります」
『それだけ必死だったんでしょ?』
「多分・・・・・・。
彼も、凄く途惑ったと思います。
仕事先で、それもただの部下と思っていた相手に。
こんなことに彼を引き込んだことは、本当に申し訳無いと思っていて」
『引き込んだ?』
「普通の家庭を持つ人に、不倫させてしまったことです」
『彼が、君が不倫に引き込んだって言ったの?』
「いえ、そんな事は一度も。
私を気遣っているのかと」
『うーん』
「あの、何か?」
『彼は相当仕事できる人なんだね』
なんとなく話題をかわされたような気がしたけれど、彼のことを話せるのがとにかく嬉しくて私は続けた。