宿り木カフェ
くっくっくっとヘットフォンの向こうで、ずっとリュウさんは笑っている。
「本当に散々だったんですって・・・・・・」
彼の嫉妬心は驚くほどのものだった。
私は翌日声が嗄れ、身体中が筋肉痛になった。
彼は日頃から鍛えているというのは伊達ではないようで、年上なのに一切翌日疲れていなかった。
『で、『宿り木カフェ』の事を彼に話してしまったと』
「その場でスマホをチェックされました・・・・・・」
またむこうから笑い声が聞こえる。
『で、彼はサイトを見てなんて?
やめろとは言われなかったでしょ?』
「そうなんです!
てっきりやめろと言われるのかと」
『そもそも始めた理由を伝えたんでしょ?』
「はい、その点については彼が謝ってました。
彼のせいじゃないのに」
『まぁ誰にも言えないのはきついし、彼にもそれは責任があるから当然だ。
で、やめないで良い理由を彼はなんて言った?』
「規約を見て、納得したようでした」
『あはは、まぁ一応そういうことにしただけだよ』
「一応?」
『彼は僕と同じで、狩る事に楽しみを覚えるタイプだ。
それもじっくりと待ってる時間も楽しめるほどの。
だから、君がここに来て僕と話をしていたって嫉妬はしても止めることはない。
今度は僕から君を奪い返す楽しみが出来たのさ。
自分の事だけで君が一杯になれば勝ちだからね。
むしろこのサイトは、危険な愛のスパイスくらいに感じてるだろう』
今までなら彼とリュウさんとは時々重なって見えることがあったとしてもやはり違うと思っていた。
だけれど彼も認めたのだ、おそらくそのネットの彼は自分と似ているのだろうと。
そのせいで、リュウさんの言葉が彼の言葉のように聞こえてしまう。
「前の会社でもそうだったか聞いた?」
『忘れていました。
というかそれどころじゃありませんでした』
やはり笑い声が聞こえる。
少ししてリュウさんが話し始めた。
『僕はね、可愛がってる女の子達が綺麗になって自分の元を離れていくのが嬉しいんだ』
「え?」
『ある程度すると、彼女たちは自分から離れていくんだよ。
喧嘩して別れるとかじゃない、満足して、今度は自分の幸せを掴みに歩き出すんだ。
僕はあくまで原石を磨く職人みたいな者で、美しくなった宝石が高い額で良い客に買われるのを見ると僕も満足する』
「そ、そういうものですか?」
まさか不倫というような関係で、そんな別れ方が、終わり方があるなんて思わなかった。
『僕は彼女たちのおかげで良い男であり続けようと努力できた。
彼女たちはそんな僕に愛されることで自信をつけ、美しくなった。
僕を踏み台にしてステップアップしてくれるなんて、そんな嬉しい事は無いじゃ無いか』
ヘッドフォンの向こうから聞こえるリュウさんの声は、本当に満足そうだ。
『・・・・・そろそろ僕とカフェで過ごす時間も終わるね』
「そう、ですね・・・・・」
彼の事を沢山初めて話せた人。
リュウさんと話さなければ、自分が彼から狙われたいたなんて知らなかっただろう。
でも、それがまた私に自信をつけてくれたのだ。
『確かに不倫は道徳的にも問題だし、いざとなれば全てを失ったり民事上の責任も問われる』
急に真面目な声で話し出したリュウさんの言葉を、はい、と答え私は耳を傾ける。
『でも好きな人と両思いになれるなんて人生で早々にない。
くだらない男に何度もひっかかるより、君が尊敬し憧れた男にそこまで夢中にさせた君は凄いんだよ』
「そんなほめ方、初めてされました」
そういう見方もあるんだ。
夢中になってくれているかはわからない。
だけど彼と出会え、過ごせている時間は幸せだと思う。