宿り木カフェ
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彼にこの事を話したらどんな反応をするのだろうか。
もしかしたらすぐさま話もしてくれなくなるのだろうか。
急に態度が変わってしまうかもしれないと、不安ばかりでとても怖かった。
私は勇気を出して彼に、折り入って話がしたいと連絡した。
会うのは怖いから電話でと思ったのに、彼は頑なに、会うまで話をしないで欲しいと言った。
ようやく二人きりで会えることになったその日、車で出かけることになった。
途中話し出そうとしたら止められ、行った先でとまた止められて話すことは出来なかった。
もしかして、怒って山奥で置いておかれたらどうしようかと変な心配が横切る。
そんなことをする人では無いってわかっているのに、不安ばかりが増してしまう。
着いた場所は、街が見下ろせる高台だった。
あちこちにカップルが見受けられるが人のない場所まで誘導されると、彼は私に向き合った。
「好きな人が出来た?」
「え?」
「別れを言いに来たんだろう?」
困ったように言う彼に言葉を上手く出せない。
「俺のせいで大切な幼なじみを無くして、ずっと誰にも言えない関係を続けさせて申し訳無かったと思ってる。
本音を言えば渡したくはないけれど、そんな事を言える立場じゃないからね」
あぁリュウさんの言ったとおりだ。
きっとこうやって、リュウさんも巣立つように切り出したりしたのかもしれない。
「違うの」
じっと彼は続きを促すように私を見ている。
「もうそろそろあなたから巣立つ時期なのだろうと思って」
「好きな人が出来たのではなく?」
「出来るのならあなた以上に好きになれる人に、これから出会いたいと思います」
私がそう言って笑うと、彼は大きく息を吐いた。
「そうか。
例の怪しげな彼の入れ知恵か?」
「まぁそうです」
「彼は俺がどうするって言った?」
「まさにさっきのような発言で。
彼なら巣立ったとしても仕事には影響させないだろうとも」
その言葉に彼は笑った。
「きっと彼に会えば同族嫌悪で喧嘩してしまいそうだ」
「本当に似てると思うよ?」
「俺もそう思う」
「あの」
「ん?」
「前の会社でも不倫していたの?」
上目遣いで聞けば、彼はにやりと笑った。
「残念。それは彼の期待を裏切るようだが、君が初めてだよ。
そして、もうこんな事はしないと思う」
「本当に?」
「そうそう危険を冒してまでモノにしたい女性になんて出逢えないよ。
それに・・・・・・こうやって別れを言われるのは、身勝手だけど辛いとわかったしね」
そう言って彼は私を抱きしめた。
「巣立っても、何かあれば相談に乗るよ、一人の上司としてね」
「うん・・・・・・。
凹んだ時は美味しい物でも食べに連れてってね、上司と部下として」
「あぁ、わかった。
君に恥じない上司としてこれからも頑張ろう」
辛い。
気を抜けば泣き崩れてしまいそうだ。
初めて本気で好きになってそして愛してくれた人は、既に他の女性のものだった。
苦しいけれど、私は頑張って笑顔を浮かべた。
「私に幸せをくれてありがとう」
「こちらこそ。
君と過ごした時間をきっと俺は忘れない」
私達は笑って手を繋いで、夜景のよく見える方に歩き出す。
あと少しだけ、最後のデートを楽しむために。