宿り木カフェ


下の子があまりに我が侭を言うので怒ったら、娘は顔を真っ赤にして「いつもお兄ちゃんばっかり!」と泣いて叫んだ。
そんなつもりはなかった。
確かに息子の試験があるから、それなりに娘には我慢をさせただろう。

娘は部屋で物を投げるほどに暴れた。
投げる物はクッションとかぬいぐるみ。
彼女なりに加減はしていたようだが、ここまで手がつけられないほどかんしゃくを起こすなんて。
私の中学生時代とはあまりに違う自分の娘に途惑った。

そして長男は、高校に入った途端、緊張の糸が切れたかのように、学校から買ってくると自室に籠もるようになった。
どうもオンラインゲームにはまってしまったようだった。
一睡もせずに休みの日などは翌日昼までやっているのを知った時は、言葉が出なかった。

どうすれば息子をゲームから引き離せるのか。
色々と調べ、無理にそういう機械を取り上げるのは逆効果なのだとテレビだったか新聞か何かで知った。
娘のかんしゃくも我慢、不満、甘えの表れだという。
どれを読んでも、親子の関係を深めて下さいなんてアドバイスが書いてある。
ということは、あんなに愛して育ててきた子供達からすれば私との関係は浅いというのだろうか。
何だか育児をしてきた自分に、落第点を押された気がした。

だが放置しておく訳にもいない。
何とか子供達としようと話し合おうとしたが、子供達は一切を拒否する。

それでも我慢強く声をかけ、なんとか夕食だけ一緒にとるようには出来るようになった。
それだけと思うだろうが、そこに行き着くまで紆余曲折あった訳で。
でも息子はずっとスマホをいじったまま、娘はテレビを見ているだけで食卓には会話が無かった。

栄養のあるものをと、飽きないようにと、この子達の好きな物をと、必至に朝も昼も夜もご飯を作っても、ありがとうも美味しかったとも何にも私に言わない。
私はたまりかねて夫に電話をした。

『それは君の仕事だろ。
俺はこっちで独りずっと必至に仕事して家族を養ってるんだ。
専業主婦なんてやってるんだからそれくらいこなせよ』

面倒そうな声。

そして電話は私の言葉も待たず忙しいの一言で、一方的に切れた。


私の中の何かが、ガラガラと崩れていく音がした。

私は一体なんなのだろう。

家政婦か何かなのだろうか。

この頃私は何をした?

去年は何をしていた?

必至に思い出そうとしても、思いだしても家族のことしかしていない。
私は一体なんなのだろう。
そういう疑問だけが降り積もって積み重なって、息が出来なくなった。


子供達が出かけて、ぼんやりとパソコンをいじりネットサーフィンをしていた。
知らず知らず検索欄に入れていた単語は、悩みや愚痴ばかり。
そんな中でふととあるサイトに目に留まった。

『このカフェで少し心を休めてみませんか?』

というキャッチフレーズの書いてある、『宿り木カフェ』というサイトだった。

出会い系かもしれない。
何かお金を色々とられるかもと思った。

だけれど、スタッフとの会話は1回30分500円、自己紹介分を含まず最大20回で1万円、それも1回ずつ前払いで良い。
支払い方法も幅広く、途中で止めても良い、個人情報も不要というので、興味本位で登録してみた。

はっきりいってこの何も無い時間に、人生に、少しでもスリルを味わってみたい、そんな気持ちがあったのかもしれない。


宿り木カフェのスタッフは20歳~80代までの男性と書いてあり驚いた。
客は女性のみ、スタッフは男性のみなんて変わったシステムだ。
やはり怪しい。
だけれど私はそんな考えを持ちながらも、登録を始めていた。

私はスタッフ希望欄に、

『若い人。母親が専業主婦だった人。日中に通話が出来る人』

と記入し、自分の状況を書く欄に、『高校生の息子、中学生の娘が反抗期、夫は単身赴任で家庭に興味なし。私の存在意義に疑問』と書いておいた。
書きながら、なんて情けないのだろうと思った。

登録を済ませて我に返る。
こんな弱った主婦なんて、何か悪い勧誘のターゲットにはならないだろうか。
心配しながらも、その反面私は久しぶりに味わう新しい何かに期待してしまっていた。

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