宿り木カフェ


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その日から、夜の10時から勉強時間なのでリビングを使うからテレビは禁止というと子供達は最初とても不満を言ったが、私が勉強をし始めるとおそらく本当に勉強をするとは思っていなかったのか、しぶしぶ不満は言わなくなった。

しばらくすると、娘がリビングに勉強道具を持って現れた。
私は驚いたが、何も言わずそのままにしていた。
そして一番驚いたのは、息子が、リビングでスマホのゲームをし始めたことだ。

「勉強しないで遊んでいるなら出てってよ」

「いいだろ、音させてないし」

「気が散る」

娘のイラッとした言葉に、息子が何故か押されている。
端から見ていて本当に珍しいものを見たと驚いた。
ぶつぶつ言いながら息子は部屋に戻ると、漫画を持ってきた。
そこにまた娘が怒る。
反抗期になって起きていなかった、五月蠅い兄弟げんかが始まった。

「二人とも、勉強の邪魔」

私の静かな言葉に子供達は顔を見合わせると、二人でまだ小声で揉めているようだった。


そしてそのうち、息子まで勉強を始めた。
本当に想像できないような風景だった。
あんなにどうしていいのかわからなかったことが、あの『宿り木カフェ』にたどり着き、彼と話し、私が動いたことでこんな風に家の中が変わるだなんて想像していなかった。


「ねぇ、本当に看護師になるの?」

夕食の時娘が聞いてきた。

「そうね、ある程度最低限勉強してから支援制度を受けてみて、短期間のものを探してみようと思ってるわよ」

「ふーん」

「だから、ある程度自分達でやってもらう事増えるからよろしくね」

「えー」

もの凄く嫌そうな娘に、息子も、え?という顔をしている。

「当たり前でしょ。
あんた達もそれなりの年齢なんだから、別に私が色々しなくても良いじゃない。
勝手にやれてあなたたちだって気が楽でしょ?」

私がそう言うと、子供達は今度はどう言い返すべきか悩んでいるようだった。

「それに、看護師に戻れば、少しは人の役に立てるしね」

その言葉に、子供達は目を丸くしていた。

別に人の役に立つ立たないが良い悪いではない。
専業主婦が人の役に立っていないだなんて思わない。
しかし、私はそろそろ子供から離れる準備が必要なのだろう。
母親でもありながら、恵子でもあるために。

「だから、応援よろしくね」

私が笑ってそう言うと、子供達は二人で顔を見合わせてまたぶつぶつと言い出した。
私はそんな二人を、穏やかな気持ちで見つめた。

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