君が居場所をくれたから
20時前になっても学内にはまだ生徒がちらほら残っていた。

私が在籍する、私立空明学園。
中高一貫で寮付きの所謂エリート校。
山の中に建てられていて、空明学園に在籍する生徒のほとんどは寮で生活している。

「悪い、待たせた。」

後ろから声がした。
振り返ると少し息を切らした八雲くんが立っていた。


校門をでて、「どっち?」と聞かれ「こっちです。」と言って歩き出す。
正直とても気まずい。
少ししか喋ったことないし、クラスも違う。
共通の話題を探そうにも階段で全て話してしまった。
家に着くまでの間無言は少しきつい。

「あ、あの」

「ん?」

「八雲くんの家もこの辺なの?」

「え、あー…うん、うん。この辺。」

濁された。
ていうか、ほぼ初対面の人に家の位置聞かれるの嫌だよね。
「ごめん」と謝ろうとした時、八雲くんが口を開いた。

「お前はさ、」

「え」

「お前はさ、しんどくならないの?」

「なにが?」

「ほら学校の演劇部割と有名だろ?演劇部に入るために受験してくる人たちもいるわけだし、そんな演劇部の花形役者。しんどくないの?」

八雲くんが言ってる意味。
私が所属している演劇部、劇団空明これが割と有名。
全国とかにもでてるガチ勢。
練習は月曜日から土曜日までで本番が近いと月曜日から日曜日まである。
ガチ勢ゆえに入部もハード、月に一回開かれる入部オーディションを通過しないと入れない。あとはスカウトのみ。
芸能界を目指す人にとっては、劇団空明に所属していた。というのは大きな盾になる。

「私は、しんどいと言うより怖い。」

「怖い?」

「うん。怖い。」

「私、よく主役とか悪役とか目立つ役をすることが多い…ていうか最近は目立つ役しかしてない。だからより一層感じる。どれだけ観客を演技で”こっち側”に惹き込めれるかで作品の出来は決まる。ドラマとか映画でも主役が良くないとその作品って評価されないでしょ?それと一緒。でもドラマと映画とも違うところは一発勝負ってこと。観客から向けられる期待と好奇心の眼差し、顧問や裏方から成功させろと言わんばかりの重圧。それに耐えて公演を成功させなきゃいけない。うん、怖い。」

「…」
俺には理解できないとでも言うような顔でこちらを見てくる。

「プレッシャーを感じるのは期待されてる証拠。そして期待は私が今まで努力してきた証拠。そして、その二つはとても脆い。一度壊れてしまったら元通りにはできない。いつか、ヘマをして今まで積み上げてきたものを壊してしまったらと思うと怖い。でも、それと同時に楽しいです。」

「!」
さっきの顔とは打って変わって鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔でこちらを見てくる。
意外と表情筋豊かなんだなと思った。失礼かな?

「さっき八雲くん、しんどくないのって聞いたよね、その気持ちもよく分かる。一週間、ほぼ毎日練習があって、授業の合間、休み時間とかに台本を読んでセリフと動きを頭に叩き込まなきゃいけない。しんどいな、辛いな、辞めてしまいたいなと毎日のように思う。でも、もう私は虜になっちゃったから。」

「虜?」

「うん、虜。演劇部の虜になっちゃったから。あのプレッシャーに耐えて成功させた時の達成感。観客が私の演技に惹き込まれるあの瞬間。一度味わってしまったらもう元には戻れない。いや、戻りたくない。」

「…そうか。」
八雲くんは納得したようなしてないようなよく分からない顔をしていた。

随分と話し込んでいたらしい。話し込んでいたと言うよりは私が一人で喋っていただけだけど。
家まであと数mというところまで来ていた。

家の方向へ指をさしながら「家あそこだからここでいいよ。ありがとう!」と八雲くんにお礼を言う。

「あ、うん」

「じゃあね、また明日!」
軽く手を振って家がある方向へ歩きだそうとしたら八雲くんに腕を掴まれた。
見上げるとそこには私より困惑した八雲くんがいた。
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