すみっこ屋敷の魔法使い
すみっこ屋敷の噂は、街のなかでひっそりと広まっているものらしい。だから、そんなに頻繁に手紙はこないそうだ。モアの耳にまで噂が届いたのは、本当に偶然だったという。
「なぜ、知らない人の願い事を叶えるのですか?」とモアが尋ねてみれば、イリスは「趣味だよ」とだけ答えてくれた。お金もとらないし、たまにしかやらないから、本当にただの趣味だと。彼はそう言う。
――そんな彼の趣味に付き合わせられることになったのは、ドロテアという名の少女。ちょうどモアと同じくらいの歳に見える女の子だ。
「ようこそ、すみっこ屋敷へ。ドロテア様」
モアを屋敷に招待したときと同じように、イリスは彼女を迎え入れた。
モアは彼の邪魔になるだろうと自分の部屋にこもっていようと思ったが、イリスは「助手になってよ」とモアを引っ張り出した。結果として、イリスと共にドロテアを迎えることになってしまう。
モアは緊張しながらイリスの隣に座る。
女の子と話したことなど、今までほとんどなかった。
だから、モアは驚いてしまう。
「あの……まさか、本当にすみっこ屋敷に招待してもらえるなんて! ただの噂だと思っていたんですよ。だから……きゃーっ! すごい、本当にこんなことあるんだ!」
――「普通の女の子」のまぶしさに。
ドロテアは両手で顔を包み込むようにして、わたわたと騒いでいる。
亜麻色の髪の毛はくりんとしていてツヤツヤ。目はパッチリとしていてきらきら煌めいている。ほっぺは紅潮しているからかポッと紅く。唇はツヤツヤで、えくぼが特徴的だ。
「それで……本当に、お願いを叶えてもらえるのでしょうか……?」
「俺にできることならね。きみの願いは――」
イリスの言葉に、ドロテアは顔を紅くしてうつむく。そして、
「はい。ダニエルと両想いになりたいんです」
とはにかんで言った。
――両想い? とはなんだろう。
モアは彼女の言っていることがわからず、小首をかしげる。しかしイリスはすぐにその言葉を理解したようだった。
「ふふ。なるほどね。でもそれ、俺の魔法で叶えちゃっても大丈夫?」
「……ちなみに、魔法で叶えることってできるんですか?」
「うん。できるよ」
イリスはポケットから、美しく彫刻がほどこされた小瓶を取り出した。なかにはピンク色の液体が入っている。
「これは俺の調合した媚薬でね。これを一滴、ダニエルの口に入れることができれば、ダニエルはきみの虜になるだろう」
「……っ!」
「大量に使うと身体に毒になってしまうから、本当に一滴だけね。ふふ、どう? 使いたい?」
「う……ううーん! 魔法で両思いになるのは違うような……!」
「うんうん、了解」
ドロテアは難しそうな顔をしながら媚薬を拒絶した。そうすれば、イリスは満足げに媚薬をポケットにしまう。
「その、おまじない的なものをしてくれませんか? 私とダニエルがうまくいきますように!って」
「よし、じゃあおまじないをかけてあげる!」
イリスは指をくるくると動かして、宙に光で魔法陣を描いた。
何の魔法なのだろうか。モアにはそれがわからない。
魔法陣はやがて糸のようにほつれて、しゅるしゅるとドロテアの身体を包むようにとぐろを巻く。そしてきらきらと瞬いて、ふわっと消えてしまった。
「このおまじないで、恋が叶うんでしょうか……!」
「緊張をほぐす魔法だよ。ダニエルの前で、きみが可愛く笑えるようにね」
「こっ……告白もうまくいきますかね……」
「ふふ、きっと大丈夫」
はわーっ! とドロテアは笑って、しきりに自らの顔を手のひらでぺちぺちと叩いている。どうやら彼女が恥ずかしくなったときの癖のようだ。
その様子をモアがぼんやりと眺めていると、チラ、とドロテアと目があった。モアがビクッとすれば、ドロテアが「あの!」と声をあげる。
「その子……お借りしてもいいですか?」
「……私……?」
「お手伝いしてもらいたくて……!」
――どういうこと?
モアが困惑していると、イリスが「いいよ」と二つ返事で答えてしまう。
「いっイリス! あのっ!」
「いっておいで、モア。大丈夫だから」
「でも、私……」
お手伝いって何?
こんな「普通の女の子」と一緒にいて、私は迷惑にならない?
モアが不安でいっぱいになっていると、ドロテアが「お願いします!」と言ってくる。
「……はい。では、私でよければ……」
大丈夫かな。
でも、イリスが大丈夫って言っている。
彼の力になれるなら。
モアがチラッとイリスを見つめれば、イリスは優しく微笑んでいた。