すみっこ屋敷の魔法使い
 モアはたまに街に出ることがある。インクがなくなったとき。紙がなくなったとき。本当に何かの用事があるときに。ごく、たまに。

 逃げられないように特別な首輪をしているから、外出しているときに逃げることはできない。逃げようとすれば、首輪がぎゅっと首を締め付ける。

 モアはまっすぐに、文房具が売っている店に向かった。

 カランカランとベルがなって、ふわっと紙の匂いが鼻孔をくすぐる。

 モアがインクを探していると、少し離れたところで女の子の声が聞こえてきた。


「知ってる? 『すみっこ屋敷』の噂」


 どうやら女の子は二人いる。きゃ、きゃ、と楽しそうに会話をしていた。


「すみっこ屋敷宛てにお願いを書いた手紙を送ると、すみっこ屋敷から招待状が来るんだって。そして、すみっこ屋敷に行くと魔法使いがお願いを叶えてくれるらしいよ!」

「ええ、なにそれ。ロマンチック」


 ――すみっこ屋敷?

 なんとなく、モアは彼女たちが話している「すみっこ屋敷」が気になってしまった。お願いを叶えてくれるらしい。

 こそ、とモアは移動する。そして、便せんが売っているところへ行ってみた。

 便せん、というものを初めて見る。

 モアは元々は孤児で、エディの家に拾われて今にいたる。便せんなど使う機会がなかったのだ。

 初めて見る便せんを見て、モアはドキドキしてしまった。どれを買えばよいのだろう……と考えて、ふと、自分が「すみっこ屋敷」の噂を信じていることに気付く。

 どうせ噂なのに。

 そんな噂が自分を救ってくれるはずなどないのに。

 それなのに。

 モアはいつのまにか、花の絵があしらわれている便せんを手にしていた。
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