憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
「千晴。いつまでも呆けていないで、航晴さんの隣に座りなさい」
「お母さん。私、何がなんだか、さっぱりで……」

 母に説明を求める視線を送るけれど、無駄口を叩いている暇があればさっさと空いている椅子に座れと視線で訴えかけられてしまう。
 全員着席しているのに、いつまでも私だけが立ったままでいるわけにはいかない。
 渋々一言断ってから、右手前の開いている席に座ろうとしたときだった。

「失礼します」
「どうぞ、千晴様」
「は……っ!?」

 何? どうしたの突然!

 右隣に座る男性から様づけで呼ばれた私は素っ頓狂な声を上げ、空いている椅子を両手で引いた男性の顔をまじまじと見つめる。
 どこかで見覚えがある背中の男性。
 キャプテンの右腕と名高い彼の名は――。

「なんで、三木副操縦士が……?」

 副操縦士の三木航晴だった。
 彼が下の名前と共に私を仰々しく呼ぶ理由がわからず、困惑しながらもどうにか椅子に浅く腰かける。
 いい歳をした大人であるはずの私は、想像もしていなかった展開についていけなかった。

 三木副操縦士はいつだって、私の名前を呼ばなければならないときは名字で呼んでいたはずだ。
 プライベートで一切交流のなかった彼に、下の名前で呼ばれる謂れがない。

 ――それに。

 お母さんは今日、この場にLMM航空の二大パイロットが待ち構えていることを隠していた。
 顔を合わせて食事を共にして、はいさよならとはいかないだろう。

 ――見合いでも始める気?

 この場にいるのが三木副操縦士だけなら、それもあり得たかもしれないけれど。
 キャプテンも一緒となれば、話題は別の話だろう。
 この四人で豪華なディナーに舌鼓を打ちながら、会話するような話題など見当もつかない。

 気まずくて仕方がないわ……。

 こちらの疑問を完全に無視した憧れの人に、恨みがましい視線を向けながら。
 私は渋々彼の隣に腰を下ろした。

「それでは、これよりお夕食の準備を進めさせていたします」

 ホテルスタッフはワゴンに乗せた豪華な料理を、次々にテーブルへ乗せていく。
 ホテルでコース料理を頼んだ場合、前菜から順番にテーブルへ運ばれてくるはずだけれど――。
 今回は個室で料理を楽しむからだろうか。
 すべての料理がテーブルの上に所狭しと並べられていく。

「シェフの山本と申します。お料理の説明を始めますね」

 呪文のようにしか聞こえないオシャレな料理の数々に、目の前がくらくらする。
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