憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 私はネクタイとお揃いの赤いエンパイアドレスを身に着けていた。
 胸元には黒薔薇のコサージュ、足元は黒のハイヒール。

 朝食を食べに来ただけなのに、そこまで気合いを入れる必要はあるのかといわんばかりの格好をしていたからだろう。

 その場にいた誰もが、こちらへ視線を向けていた。

「ねぇ、ちょっと……。これはさすがにやりすぎじゃ……」
「いや。ここにはドレスコードがある。これくらいがちょうどいいだろう。今日の主役は千晴と俺であると、はっきりさせておきたかったんだ」
「何よ、主役って……」

 縄張り争いに燃えている動物じゃないのだから、張り合う必要などないでしょうに。

 航晴にエスコートされた私が用意された予約席に腰を下ろせば、ハンカチを噛み締めながらこちらを睨みつける女性がいることに気づく。

 ワインレッドのシンプルなドレスを着た女性は、同じテーブルに座る男性から小声で慰められているようだったけれど、反応は思わしくないようだ。

「……勝ったな」
「……何と戦っているのよ……?」
「あれはマーマレイド航空のご令嬢だ」
「LCCの?」
「ああ。自分たちが今日の主役だと思っていたのに、格上の千晴が似たようなドレスを身に着けてきた。彼女のプライドはズタボロだろう」
「格安航空のご令嬢に喧嘩を売る必要があるとは、思えないのだけれど……」
「ただの暇つぶしだ」

 航晴らしくない言葉を聞いた私は、何事かと聞き返すように彼を見つめた。

 待っていましたとばかりに不敵な笑みを浮かべると、当然のように私を膝に乗せてメニューを広げ始める。

「な……」
「正直、目障りだったんだ。許嫁がいる身でありながら、俺に言い寄ってくるあの女が……」
「え……?」

 耳元で囁かれた言葉を、うまく処理できなかった。
 彼は今、何を口にしたのだろう?

 言い寄ってきた? あのご令嬢が? 私の旦那様に?

 ここはなんと恥知らずな女なのかと、怒り狂う場面なのかしら。

 状況が飲み込めない私は、引き攣った笑みを浮かべたままメニュー表をじっと見つめていることしかできなかった。

「俺が愛しているのは、千晴だけなのに……」
「ちょ、ちょっと……。航晴……っ。それは……!」

 ご令嬢の視線が、こちらへ向いているからでしょうね。

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