憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 私は冷めた目でその光景を眺めながら、クリームスープを一気飲みする。
 
 飲まないとやってられない気持ちではあったけれど、この場にいる人間の手元にあるのは全員ソフトドリンクだった。
 お客様に快適な空の旅を提供するには、アルコール中毒では務まらない。

 こうなることが最初からわかっていたら、ノンアルコールを注文したのに。
 私は憧れの人が隣にいることなどすっかり忘れ、苛立ちを隠せず舌打ちした。

「千晴……航晴くんの前よ。もっと、お淑やかに……」
「ふん……」

 態度が最悪なのを母親に指摘されたけれど、彼はこちらを全く気にした様子がない。

 先ほどから私たち家族の会話に口出しすることなく黙々とフルコースのルール通りに食事を口に運ぶ三木副操縦士は、一体何のためにいるのだろう。
 私は隣に座る彼に訝しげなな視線を向ける。

 こうした高級料理を食べ慣れているのか、惚れ惚れするほどに食べ方が綺麗だ。

 育ちの良さがにじみ出るわね……。

 私は現実逃避をしながら目をゆっくりと開き、覚悟を決めたキャプテンの主張に耳を傾ける。

「定期身体検査で、不合格になってしまってね。乗務停止になってしまった」
「それって……」
「診断は極度のストレスによる慢性的な不眠症。直る見込みはあるようだが、このままパイロットを引退して社長業に専念するのも悪くないと思っているよ」

 キャプテンが、定期身体検査に引っかかった。
 症状が改善されない限り、操縦桿を握れない。

「航晴が立派なパイロットになるまで、そばで見守るつもりだったんだけどね……面目ない……」

 三木副操縦士といつも一緒にコックピットで旅客機を操縦し、クルーから頼られる優しいキャプテン。
 そんな彼の理想像が、父親という肩書によってガラガラと音を立てて崩れ落ちていくような気がした。

「そんなに重く受け止めないで欲しい。身体能力自体に、異常は見られなかったんだ。不眠症さえ治れば、再び操縦桿を握ることもあるはずだよ」
「大吾さん……」
「私は今まで、愛する妻と娘を蔑ろにし続けてきた。それがずっと、ストレスでね……。パイロットは慢性的な人手不足に陥っている。何かきっかけがないと、長期休暇すら取れやしない」

 航空会社に携わる人間は、地上にいる時間よりも空を飛んでいる時間のほうが長いとされる。
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