憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 声をかけられて迷いを見せたのが、勝負の分かれ道になったのだろう。

「だ、誰か……!」
「騒ぐな……!」

 大声で助けを求めることを選んだけれど、不審な男に腕を引っ張られ、羽交い締めにされるほうが早かった。

 車に押し込まれる前にと助けを求めたところで、バスターミナルの一般客たちはこちらを何事かと見つめるだけで手を差し伸べることはない。

 この場合110通報したら、助けてもらえるかしら。

 でも……警察が来る前に、どこかに連れて行かれるほうが早いわよね……。
 どうしよう。長くは持たない。
 誰か助けてと心のなかで必死になって叫んでいた時のことだった。

 ――視界の端に、私服姿の阿部機長と並んで歩く航晴が見えたのは。

 私は最後の力を振り絞り、大声で叫ぶ。

「航晴……!」

 客室乗務員は有事の際、自らの声を使って乗客にアナウンスをしなければならない。

 日頃の訓練が役に立った瞬間だった。
 私の大声に気づいた彼と阿部機長は、血相を変えてこちらに向かって走る。

 ――助かった……!

「うるせ……っ。大人しくしろ……!」

 ほっとしたのもつかの間。

 リムジンの中に引きずり込もうとしていた偽運転手は、低い声で首元にナイフを突きつけてくる。

 羽交い締めにするだけでは、誘拐が失敗に終わると焦ったのでしょうね。
 彼らの姿が見えなければ、命を守ることだけを最優先に考えて大人しくしていたかもしれないけれど。

 助けてくれるとわかっているからこそ、強気に出ることができた。

「あなたはもう、終わりよ……!」
「はっ。命が惜しくないようだな……! お望み通り、グハッ」

 不審者を睨みつけた時のことだった。

 腹部を抑えてそいつが蹲ったのは。
 男から視線を反らし前方を見遣れば、こちらに手を伸ばす航晴の姿が見えた。

「千晴……!」

 彼の手を、拒む理由はない。
 藁にも縋る思いでそれを掴めば、力強く男の手から救い出してくれる。

「怪我は!?」

 普段冷静沈着な彼らしくもない反応がおかしくて、私はこの場に不釣り合いな笑みを浮かべながら背中に手を回す。
 誰にも引き離されないように、強く。

「大丈夫よ……。助けに来てくれて、ありがとう……」
「いや、礼には及ばない。それより……あれはなんだ」

 そうだ。無事を喜んでいる場合じゃない。

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