憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 不審者の男はどうしたのだろう?
 視線を巡らせれば、阿部機長が確保していた。

 普段はちゃらんぽらんで真面目な時なんてあるのかと疑いたくなる態度でコックピットの操縦席に座っているけれど、やればできる男であるようだ。
 航晴の妻でなければ、惚れていたかもしれない。

「こらこら、大人しくしろよー」
「くそっ。離せ! 社長令嬢のくせに! 客室乗務員なんかになりやがって……!」

 偽運転手が大声で叫んだ瞬間、何事かとその場に居た人々の視線が一斉にこちらに向けられる。

 社長令嬢という言葉に反応したのでしょうね。
 あれがと訝しそうな顔している観光客から、なんの騒ぎだと様子をうかがっているグランドスタッフと目が合った。

 この流れは、やばい。

 あの男を早く黙らせないと。

 航晴の胸元から顔を上げて目線で訴えかけるよりも早く。
 男の口は饒舌に回り――。

「こいつはなぁ! LMM航空の社長令嬢、天倉千晴なんだよ! ひっ捕らえてマーマレイド航空の令嬢に引き渡せば、言い値で買い取ってもらえる……!」
「黙れ」
「見てるお前らだって、金が欲しいだろ!? 誰でもいい! あいつを攫え!」
「今すぐその口を閉じろ……!」

 航晴は低い声で唸ると、抱きしめる力を強めた。
 男の口車に載せられて、観光客が暴徒化するのではないかと恐れているのだ。

 ――大変なことになった。

 そう焦る気持ちと、彼が一緒なら絶対に大丈夫だという気持ちが交差する。
 この状況は、どうやって収拾をつければいいのだろう……?

「あ! あそこです! 保安員さん! 捕まえてくださいー!」

 視線を彷徨わせ、頼りになる人はいないだろうかと探している時のことだった。

 聞き覚えのある明るい声と共に、保安員を引き連れたCAが姿を見せたのは。

「阿部機長! もう安心ですよ! 暴漢対策のプロを連れてきましたー!」
「おっ。やるじゃねーか! 今度打ち上げいこーぜ!」
「キャプテンの奢りでお願いしま~す!」

 不審者を前に緊張感のない会話を繰り広げている女性は、明るい笑顔を機長に向ける。
 今度こそ命の危機が去ったことを知った私は、全身から力を抜いた。
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