憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 室内よりも声のトーンを落とすように心がけていたのだけれど……困ったように眉を顰めながら諭すような言葉を耳にしたことで、冷静さを欠いてしまった。

「千晴様。スリッパのままで外に出るのは……」
「やめてよ! 私は三木副操縦士から様づけで呼ばれるほど、高貴な立場の人間ではないわ!」
「……わかった。千晴がそういうのなら、敬称をつけることはしない。これでいいだろうか」

 そこまで怒る必要はないだろうと目線で訴えかけてくる彼は、こちらの主張を無条件に呑んだ。
 少しだけ冷静になった私は、暴れるのをやめた。

「……好きに、すれば」
「俺のことも、名前で呼んでくれ。航晴と。君からは、そう呼ばれたい」

 なぜ下の名前で呼ばなければならないのかと不思議だっけれど。
 知らない間に彼と婚約が結ばれていた以上、他人行儀に呼び続けるわけにはいかないだろう。
 私は渋々、心の中で彼の名を紡ぐ。

 ――航晴。

 今までは、三木副操縦士としか呼ぶことができなかったのに。
 たった数時間で、人生が様変わりしてしまった。
 貧乏人CAから、社長令嬢のCAに早変わりしてしまった私は、これからどうなるのだろう……?

「すみません。205号室の三木と峯藤です。四名宿泊の予定でしたが、二名に変更させてください。靴を……」
「承知いたしました」

 私の手首をしっかりと掴んだまま左手を使ってフロントの呼び鈴を鳴らした航晴は、スタッフを呼ぶと鍵つきの靴箱からハイヒールを取り出してくれる。
 彼は当然のように跪くと、自身の右肩を掴むように誘導。
 左足からスリッパを引き抜くと、甲斐甲斐しくハイヒールを履かせてくれた。

「な……っ。何やってるの!?」
「靴を履き替えなければ、外に出られないだろう」
「だからって……!」

 使用人のように世話を焼く必要があるとは、思えないのだけど!
 私は顔を真っ赤にしながら、航晴に抗議する。
 彼はどれほど大騒ぎしても、手を止めることはなかった。
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