憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 私は、自分で道を切り開いていくわ。

「もしもあなたが……」
「なんだ」
「ある日突然社長の隠し子だと打ち明けられたとして。素直に受け入れられる?」

 だから、航晴も。
 天倉の婿養子になりたいと考えているのならば、私の気持ちに寄り添ってくれなければ困るわ。
 自分の立場に置き換えてみろと告げれば、彼は深く考え込むような仕草をしてみせた。
 こうした質問をされるなど、思っていなかったようだ。

 私はじっと、副操縦士の答えを待ち続ける。

「……難しいかもしれないな」
「あなたが無理だと感じたことを、どうして私が受け入れられると思うのよ」
「それは千晴が、俺よりも強いからだ」
「……何を言ってるの……?」

 航晴から強いと称されるなど思いもせず、彼をじっと見つめてしまう。
 相変わらず、表情の読み取れない顔をしている。
 口が動いても、理解の及ばない言葉ばかりが紡がれるのだからお手上げだ。

「肉体的な強さではなく、心が強い。俺は時折、千晴を羨ましいとさえ感じることがある」

 航晴は私の勤務態度を見て、勝手に理想像を作り上げているらしい。
 もしも彼の思っていたような人間ではないと知ったら、許婚を解消してくれと言うのではないだろうか。

 ――それはないかな。

 驚きの連続で、すでに数え切れないほど醜態を晒している。
 できるCA像は、すでに遥か彼方へ消え去った。
 副操縦士の前で、取り繕う必要などない。
 後戻りできないのなら、進むしかないのだ。
 自分とは無縁だと思っていた、きらびやかな世界に繋がるこの道を。

「天倉の姓を、今すぐに名乗ってほしいわけではない。ゆっくりでいいんだ。俺はその時まで、君の許嫁としてそばで支え続けると誓おう」

 まるで、お姫様に中世を誓う騎士のように。
 髪の毛先を一房掴むと、彼はそこに口づけを落とした。
 副操縦士とCAは、おとぎ話に例えるならば航晴のほうが身分は高いはずなのに……。
 どうして彼は、そこまで私に尽くそうとしてくれるのだろうか。

 ――やっぱり信頼できないわ。
 彼の言葉は、聞き流しておきましょう。

 そう結論づけた私は、車の窓に視線を移す。
 リムジンはいつの間にか、櫻坂とノースエリアを隔てる壁の前で停車している。
 彼は右手に掴んでいた毛先を唇から離すと、左手を使ってゆっくりと車の窓を開けた。

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