憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
「こんばんは!」
「三木と、今日から出入りすることになった天倉だ。千晴。IDカードを」

 突如として窓の外から聞こえてきた威勢のいい声に驚いていれば、航晴は首からぶら下げたものを寄越すように告げてくる。

 使い終わってから、渡してくれたらよかったのに……。
 私は渋々それを取り外して彼に差し出した。

「三木様と、天倉様ですね! 確認取れたんで、どーぞー!」
「ありがとう」

 航晴のIDカードと一緒に窓の外にいる男性へ手渡されたあと、数秒もしないうちにそれが手元に戻ってきた。
 彼は優しい手つきで、それをもう一度首にかけてくれる。
 自身のものはジャケットの右ポケットにしまうと、用は済んだとばかりに窓を閉めた。
 そのタイミングで車は何事もなかったかのように、守衛によって解放された許可なき者の侵入を阻む柵を潜り抜け、壁の中へ向かって走り出す。

「今のは……?」
「守衛だ。IDカードを照合し本人だと証明できなければ、ノースエリアの中へ入れない」
「……誰かに奪われたり、紛失してしまった場合はどうなるの……?」
「申請をすれば再取得は可能だが、即日発行は難しい。本人以外が提示したところで、中には入れないからな。奪われる心配はないが、破損される可能性はゼロではない。気をつけてくれ」

 肌見放さず持つように伝えられていたけれど、誰にも知られることなくが抜けていたようね。
 これがなくなったら、家にすら帰れなくなる。
 ここに一度足を踏み入れたあと外に出る際、それを忘れたら壁の外に出られなくなるなんて本当に勘弁してほしい。
 世の中のご令嬢は、どうやって悪意あるものから大事な物を守り続けているのかしら……?

「……ノースエリアの内部って、こんな感じなのね」

 そこで暮らす富裕層のプライバシーを守ると同時に犯罪などを未然に防ぐため、その内部は完全に非公開とされている。
 テレビの特集番組などでもイメージ画像として内部の公園を再現したCGが登場することはあっても、実際の風景は出入りが許されている人々しか確認できない。
 そのような場所に庶民の私が暮らすようになるなど、信じられない気持ちでいっぱいだった。

 だからこそ、車の窓から見える光景が一般的な住宅街とそう代わり映えのない風景で、拍子抜けしてしまったのだ。

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