憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
「こちらがお嬢様のお部屋となります」

 倉橋に案内された部屋は、恐ろしく広かった。
 1DKで一人暮らしをしていた私にとって、これほど広々とした場所で身体を休めてくださいと言われても、落ち着かないわ…………。

「リビングの間違いじゃ……」
「いえ。ここが千晴様のお部屋です。シャワー、トイレも完備しておりますので、どうぞご自由にお使いください。家具の配置など、気に食わないものがありましたらお申しつけくだされば……」
「い、いいです! そんな手間のかかること! 頼んだりしませんから!」

 20帖はある部屋を独り占めって……どこのお姫様なんだか。

 倉橋は力になれることがあればいつでも使用人を呼び出してくれと告げたけれど、軽々しく呼びつけてあれこれ命令する気にもならない。
 私は本来ならば、こうした扱いを受けるべきではない庶民なのだから……。
 放っておいてほしかった。

「その……案内して頂き、ありがとうございます」
「どうか、頭をお上げください! 私共に礼など、必要ありませんので……!」

 彼女たちは使用人かもしれないけれど、私たちと同じ人間だ。
 特別扱いされる身分になってしまっても、礼儀だけは忘れたくない。
 数時間前までは倉橋たちから頭を下げられる存在ではなかったわけだし……恐縮されると、困ってしまう。

「えっと……その。逃げたりしないので、もういいですよ。お疲れ様でした」
「お嬢様……!」

 下がれと命令しなければ、彼女はずっと部屋の隅で佇み続けるのかもしれない。
 監視されているようで嫌だった私がそう伝えれば、倉橋は瞳を潤ませ歓喜の声を上げた。一体何事?

「なんて思いやりのある方なのでしょう……! 奥様はお一人で、立派に千晴様をお育てになったのですね……! 私たちに、敬語は必要ございません……! どうか、砕けた口調でお話ください!」
「いえ、礼儀として……年上の方にタメ口で接するわけには」
「年下でしたら、構わないのですね?」
「え、いや、」
「承知いたしました! 明日からは、私の娘がおそばに控えます。お嬢様のよき理解者となることを、お祈りいたしておりますわ。オホホ……」
「ちょっと……」

 口元に手を当てた状態でスススと横に移動した彼女は、そのまま頭を下げると静かに後ろへ下がり、姿を消した。

 ――もしかして私、口を滑らせた?

 今更気づいても、どうしようもない。
 なるようにしかならないと、考えることを放棄してベッドに沈んだ。

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