憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 ここは自分の家ではなく、旅館やホテルの一室だと考えたほうが受け入れやすいのかもしれない。
 私は音を立ててしっかりと窓から差し込む光を遮断すると、洗面所で服を脱いでからジャグジーに浸かった。

 毎日身体は解されてリラックスできるかもしれないけど、精神的な疲弊はどうやって発散すればいいのかしら……?

 贅沢すぎる悩みでしかないのだけれど、この家は私には不相応すぎる。
 一般家庭の1DKが、ぴったりだったのに。
 どうしてこうなったんだか。誰か私に教えてほしい。

 ――ああ、でも。

 私がキャプテンの娘であることは変えようのない事実なのだから、本来であればこの家で暮らすことこそが当たり前だったと考えるべきなのかもしれないわね。

 今までが、異常だった。
 これからは、贅沢三昧の日々を送ることになるのかしら……?

 ――そんなの、今更すぎるわ……。

 価値観が異なる人間が同居すれば、衝突する機会も多くなる。
 この生活を受け入れて過ごす自分の未来など、現段階では思い描けそうにない。

 ――私がこの生活に順応するのは、抵抗を諦めたときくらいでしょうね。

 三木副操縦士――航晴に憧れを抱いていたからこそ嫌いではないし、むしろ好きだと思う。
 あのタイミングでさえなければ、彼から好意を向けられることだって飛び上がるほど嬉しかったわ。でも……。

 生まれてから今までいないものとして扱って一度も会いに来ることなく、養育費の支払いすらも放棄した父親が許嫁としてあてがってきたことが気に食わない。

 順序が逆だったら、まだよかった。

 私たちが互いに思い合っていることを確認し合ってから、実は親が決めた結婚相手なのだと聞かされたならば――航晴を拒んだりしなかったのに。

 人生ってものは、思い通りにいかないものだ。

 「はぁ……」

 これからどうしよう。

 今はオフだからいいけれど、明後日は仕事がある。
 彼とはフライトが一緒になることが多いし、どんな顔をして勤務すればいいのか……。

 ――まさか。キャプテンが社長特権を使って、わざとシフトを一緒にしているんじゃないでしょうね……?

 笑えない冗談にも程がある。

 恐ろしいことを考えるべきではないと頭を振ってジャグジーから出ると、タオルを手に取り水気を拭い取ってから衣服を身につけた。

 ――メイク道具は……。

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