憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 ――どうやら今日も、静かな一日を過ごすことは難しいようだ。

 そんな嬉しくない確信を得ると、硬い表情で彼の言葉を待った。

 「ご夫妻はオーベルジュに宿泊後、ベリが丘を散策してから帰るそうだ。夜まで、俺が千晴の面倒を見るよう仰せつかっている。よろしく頼む」

 何がよろしく頼むよ! 勝手に決めないで!

 昨日の私だったら引っ叩いていたところだけれど、思いもよらぬところから出待ちを受けてしまい、反論する気にもならなかった。

 「ああ、そうなの……」
 「座ったらどうだ」
 「失礼します……」

 彼は左奥の席に座っていたので、私は渋々一言断ってから対面の右側へ座る。

 どうして左手前の席か空いている右側に座らないのかと訝しげな視線を向けられたけれど、自分から隣の席に座るのは許嫁であることを受け入れているみたいで嫌だったのだ。

 冗談じゃないわと、腕を胸の前で組んで拒絶の意思を示す。

 「これが今日のスケジュールだ」

 航晴はこちらを一瞥すると、何事もなかったかのように折り畳んでいた小さな紙をポケットから取り出し、テーブルの上に広げた。

 ――何これ。

 腕を動かさず、目線だけでその紙に記載された文字を追う。

 ノースエリアの立地確認、サウスエリア散策、ツインタワーのレストランで食事――朝から晩までの行動予定が、ズラズラと読みやすい字で記載されていた。

 「勘弁してよ……」

 オフは自宅でゆっくりしたいんだけど……。
 思わず右手を動かして頭を抱えれば、航晴は不敵な笑みを浮かべて提案する。

 「なら今日は一日、俺の自宅でゆっくり過ごすか」
 「どっちも嫌だ……!」
 「必ずどちらかを、選択するように」
 「うぅ……!」

 第三の選択肢を探し求めて視線を彷徨わせたところで、逃げ道を用意してくれる人などこの場には残念ながら存在しなかった。

 今までベリが丘に縁がなかったせいだろう。
 自分がこれから住む街だというのに、私はどこに何があるかうっすらとしか把握していなかったのだ。

 このままでは、明後日出社する際に戸惑ってしまう。

 徒歩で壁の中に入ることを許されても、一人で天倉の家に辿り着ける自信がないのは、大人の女性としてどうしたものか。
 小さな子どもではないのだから、それだけはしっかり頭の中に叩き込まなければ。

 ――CAは、お客様の安全を第一に考える。

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