憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 いつ何があってもいいように、緊急脱出経路の確認を怠ることなどあってはならないのだ。

 「わかった。ノースエリアの散策は受け入れる」
 「ありがとう」

 彼が優しく微笑めば、目の前に食事が運ばれてくる。
 朝食は夕食ほど豪勢なものではなく、ほっと一息つきながら手を合わせて食事を行う。

 焼いた食パンと、いちごやブルーベリーなどのフルーツ。

 シンプルな献立ではあるが、パンの味は市販品と比べ物にならないほどおいしい。
 コーヒーと共に最高級品の食事に舌鼓を打てば、こちらを優しい瞳で見守る航晴に気づく。

 「……何?」
 「今日は、機嫌がよさそうだな」

 大きなお世話としか言いようがない。

 そりゃ、おいしい食事を前にしてあれだけ重い話をされたら、味わって食べる気にもならないでしょう。
 半分も食べられなかったし……もったいないことをしてしまった。

 今日は昨日の反省を生かしているだけだ。
 機嫌がいい、悪いの話ではない。

 「羊と鴨なら、どちらが好きだ」
 「鴨……?」
 「わかった。今日の夜は、鴨肉が美おいしいレストランで食事を……」
 「ちょ、ちょっと待ってよ! 絶対に高いやつじゃない! 無駄遣いとか、やめて。連日夜でディナーとか、疲れるから……」
 「そうか。なら、シェフに頼んで……」
 「話聞いてた!? 食用なのか疑問だっただけよ!」
 「実際に、食べてみればわかる。おいしいぞ」

 庶民のスーパーで販売されているもの以外、口にするつもりなんかないのだけど……。

 一度贅沢を知ったら舌が肥えて、元の生活に戻れなくなってしまうじゃない。

 まさか、それが目的なの?

 朝食を完食し終えた私が訝しげな視線を向ければ、彼は不敵な笑みを浮かべた。

 「千晴」
 「な、何よ……!」
 「じっとしていろ」
 「え、」

 椅子から立ち上がった彼は、空いている隣の席に座ると私の両肩を掴む。
 何事かとそちらの方向へ向いたのが、悪かったのだろう。

 「~っ!?」

 航晴はゆっくりと顔を近づけると、唇の横に噛みついた。
 しかも、舌を使い舐め取っている。

 何考えてんの!?

 思わず彼の胸元を叩いて離れろとアピールすれば、唇の横に触れる感覚がなくなる。

 その瞬間を逃すことなく、二度目の追撃がこないように両手で口元を覆った。
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