憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
「千晴。右側に、大きな建物が見えるのはわかるか」
「ええ。そうね……」
「あそこは超一流の医者が揃う総合病院だ。一般の診療は紹介状がなければ受診は難しいが、ノースエリア在住であることさえ証明できれば、最優先で治療が受けられる」
「それって、医療ドラマでよくあるやつでしょ。大したことがない偉い人の怪我を優先して、助かるはずの命を犠牲にする……」
「悪い方向に考えれば、その認識で間違いない。医者が診られる人数には限りがあるからな。病状がどうであれ、俺たちは最優先される決まりだ」
「うわぁ……」
余計なトラブルを生まないためにも、あの病院に運ばれるとわかった瞬間にIDカードをどこかに隠さなければならないようだ。
いいことを聞いたと思う反面、淡々と事実を述べる航晴が恐ろしい。
彼は一般人よりも自身が優先されることを、当然だと認識しているのだろうか?
誰かの苦しみに見て見ぬふりをするような人なら、ますます結婚なんてしたくないのだけれど……。
私が嫌そうな顔で視線を反らしたからでしょうね。
彼は誤解を解くために言葉を重ねた。
「もちろん、自身が軽症で運ばれた際は、後回しにしてくれと伝えるつもりだ。適切な治療を最優先で受けるべきなのは命の心配がない社会的地位の高いものではなく、治る見込みのある重症患者だからな」
「そう……」
俺様が適切な治療を受けるのは当然のことだろうと、ふんぞり返られたらどうしようかと思った。
さすが私の憧れた人だ。百点満点の回答に、ちょっとだけ見直す。
けれど…………心を許してはいけないとも思う。
表情を曇らせたせいで、わざと好感度を高めるためだけに口から出まかせを言っている可能性もゼロではないからだ。
彼と繋いだ手に力を込めると、今度は左側にある施設を説明してもらおうと視線を移す。
「左側は昨日会食をしたオーベルジュ。キャプテンが贔屓にしているから、今後も立ち寄ることはあるだろう。その奥は大使館。こちらはあまり、訪れる機会はないかもしれないな」
「そうね……」
昨日のことは、思い出したくもない。
説明を受けたあと、すぐに視線を前方に向ける。
歩きながら話している間に、ベリが丘駅が見えてきた。
駅ナカを突っ切れば、その先にはBCストリートや港が広がっているのだ。