憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 べリが丘駅の右下――サウスエリアには大型ショッピングモールがある。
 私はそこに足を運んだことはないが、軒を連ねているテナントは庶民が日常的な買い物をする気にもなれない値段の商品ばかりを取り扱っているのだと耳にしたことがあった。
 街全体が貧困層の出入りを拒んでいるようにしか見えない。
 きらびやかな場所なのだから、市営住宅しか借りれなかった人間が足を踏み入れてはいけないところだと尻込みするのも無理はないでしょう。

 一体、何を考えているのかしら。

 私の気も知らないで。
 彼女は電話越しに、明るい声を聞かせてくれた。

『町内会のガラポン大会で、特等が当たったのよ』
「へぇ……。一人一泊2万くらいするのにね。ドレスなんて、急に用意できないでしょう。どうするの?」
『小綺麗な無地のワンピースにパールのアクセサリーを身に着けてハイヒールを履けば、ドレスコードは突破できるわ』
「場違いな庶民が来てるって、笑われたらどうするのよ……」
『相手が誰であろうとも、お客様を喜ばすのが一流のお食事処でしょう。べリが丘で暮らす富裕層は、私たち下々の者に興味を抱くほど暇ではないはずよ』

 お母さんは堂々とオーベルジュに顔を出せばいいと、電話越しに強い口調で告げるけれど……。
 本来べリが丘は、選ばれし富裕層だけが出入りを許される街だ。

 そんなところに私たちのような庶民が足を運べば、何を言われるかわかったものではない。
 絶対に出入りするなと幼い頃は口を酸っぱくして言い聞かせていたのに……。
 急に態度を軟化させるなんて、どんな心境の変化だろうか?

「うーん……」
『貴重なお休みだものね。私と顔を合わせて豪勢な食事をするよりも、彼氏と……』
「そ、そんなのいないわ!」

 顔を真っ赤にしながら否定した私は、今日の夜十九時にべリが丘の駅前で彼女と待ち合わせをすることになった。

 ――あと、五時間か……。

 べリが丘から自宅までは、電車で片道三十分程度。
 実家からは二時間程度かかるので、一度帰宅してからお母さんを迎えに行くのは現実的ではない。
 往復一時間に目を瞑って四時間だけでも家でゆっくりしようかと考えた私は、クローゼットの中に収納している服を頭の片隅で思い浮かべる。

 ――きれいめワンピースなんて、家にあったかしら?

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