憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
「違う。千晴は、強い女性だ。一人で生きていくことだって、不可能ではない。しかし、俺は……」
「上辺だけの言葉は、聞き飽きたわ。ねぇ。私がいつ、あなたに頼んだの」
「千晴……」
「すべてを犠牲にして、守る価値などないのよ。私は、あなたと結婚するなら……」

 この先の言葉を告げても、いいのだろうか。
 一瞬生じた迷いは、IDカードから手を離してコーヒーカップを手に取り、残っていた液体を一気飲みすることで流し込む。

 それはいつか、口にしなければならない気持ちだ。
 伝えなければ、一生私たちの関係は歪み続ける。

 正すなら、早いほうが良いだろう。
 両親のようにすれ違い、悲しい結末を迎えたくないのなら……。

 そう考えると、渋々その言葉を吐き捨てた。

「対等な関係になりたいわ」

 航晴の表情は、恐ろしくて見られない。

 彼の思いを否定したせいで、嫌われてしまうのではないかと怖かったからだ。

 おかしな話だと、自分でも思う。

 決められたレールの上を歩み続けたくないと思っているくせに、結局自分からその上を歩み始めようとしているなんて。

「……いいのか」
「何が」
「俺が千晴にすべてを捧げると誓ったように、君もまた……」
「い、今すぐの話じゃないわ! 夫婦になったら。そう。結婚してからの話よ。とにかく、あなたがあれこれ世話を焼いて尽くそうとした分だけ、私だって返さなくちゃいけないと思っているの。それだけは、忘れないで」
「……なるほど」

 よかった。言い争いになることなく、彼が納得してくれて。

 コーヒーも飲み終えたし、そろそろ帰ろう。
 そう思い、テーブルに手をついて立ち上がろうとしたときだった。

「ねぇ、ちょっと……!」
「ありがとう」

 航晴は私の腰を抱くと、自らの胸元へ頭を押しつけた。
 なぜお礼を言うのか、さっぱり理解できない。

 私は何もしていないのに……。

「俺は千晴の許嫁になれて、幸せだ」
「じゃあ一生、この関係で満足してれば?」
「そうだな……。それも、悪くない」

 なんなのよ、もう。

 こちらの気分が持ち直したかと思えば、頭の上からはズビズビと鼻を啜る音が聞こえる。
 もしかして、泣いてるんじゃないでしょうね……?
 私は顎を高く上げて、彼を見上げる。

「な……」

 潤んだ瞳に見下され、心臓が止まるかと思った。
 頬から一雫の涙が零れ落ちていく。
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