憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
 飲み物なら……キッチンの冷蔵庫にいけば、何かしら用意されているわよね。

 そう考えて階段を下り、エントランスを経由してそちらを目指そうとした時のことだった。

「だ、大吾さん……! 駄目よ、こんなところで……!」

 キッチンと繋がっているリビングのドア越しに、お母さんの押し殺したような声が聞こえてきたのは。

 彼女は父親の名を呼んでおり、時折衣擦れの音が耳に飛び込んできた。

「……部屋に戻る時間すら惜しい……。今すぐ君と、愛し合いたい……」
「……で、でも……っ」

 母親は乗り気ではないようだったけれど、あの人はやる気満々。

 そんなところだろうか。

 微妙な顔をして廊下に佇んでいると、やがて二人の会話が聞こえなくなった。

 言葉よりも、身体で語り合っているのだろう。
 お盛んなことで。

 リビングでどのような行為が行われているかをなんとなく理解した私は、飲み物を取りに行く気にもならない。
 気持ちが盛り上がっているところに娘が乱入して、止まればいいけれど――続けられたら最悪だ。

 ――仕方ないわ。外へ飲み物を買いに行くしかなさそうね……。

「お、お嬢様……?」

 気持ちを切り替えて玄関方面に歩みを進めれば、後方から声をかけられる。

 何事かとそちらの方向を見つめれば、キッチンからシェフが出てきた。
 どうやら朝食の片づけを終え、これから部屋に戻るところらしい。

 男性は音を立てないように気遣いながらこちらに歩みを進め、小声で話しかけてきた。

「ご夫妻に用事があるのでしたら……」
「いえ。水が欲しくて。キッチンに……」
「そうでしたか……。大変申し訳ございません。昼ごろまでは……」
「でしょうね」

 住み込みのスタッフに気を使わせるなんて、最低以外の何物でもない。
 言い淀むコックに同意し、私は肩を竦める。

「両親がご迷惑をおかけしているみたいで、申し訳ございません」
「いえ。そのようなこと……! その、お嬢様。差し出がましいようですが……一つご提案がございまして……」
「なんですか」
「三木様を頼っては、いかがでしょう」
「……はい?」

 一体何を言うかと思えば。
 男性は航晴に頼るようにと提案してきた。

 水を飲みたいから寄越せ、なんて。
 彼を頼る必要があるとは到底思えない。

 自分で買いに行けばいいだけの話でしょうに。
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