憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
「真面目で優しい副操縦士様」

 さぁ、これで満足して頂戴。

 真顔で淀みなく告げた言葉を耳にした航晴は、顔を右手で覆ったまま呆れた声で言葉を紡いだ。

「真面目で業務態度が模範的な副操縦士であることは認めるが、優しくはないぞ」
「弱みにつけ込むのが得意だって、知りたくなかったわ」
「幻滅したか」
「……そうね。とても」

 この場でしていないわと素直な気持ちを打ち明けたら、本音を告げた意味がない。

 だから心にもない言葉を告げたのだけれど――どうやらそれが、押し留めていた理性の引き金を引いてしまったみたいなのよね。

 航晴は勢いよく、こちらに手を伸ばす。

 ――あ、やばい。

 身の危険を感じた時には、両肩を掴まれてソファーの上に押し倒されたあとだった。

 私はじっと、彼を見つめる。
 航晴は口をへの字に曲げて、こちらを見下していた。

「俺たちは許嫁だ。交際はしていないが、最初から結婚前提の付き合いだからな。次のステップに進んでも、許されると思うのだが……」
「大事なことを忘れていないかしら。あなたにとっては長年手を出したくて仕方ない許嫁だとしても、私にとっては存在を認識してから三日しか経っていないのよ。人となりを理解できてすらいない人に、身体を許すと思う?」
「……両親の愛し合う姿を見たくないから、俺を頼ってきたのではないのか」
「それはそうだけど」
「天倉の家に居づらいと感じたならば、俺と肌を重ね合わせるのも悪くはない選択肢だという意味だ。無理強いはしない」

 彼は私に、選択を迫る。

 このまま何事もなかったかのように天倉に戻るか。
 肌を許してそのまま結婚をし、航晴に囚われるか――。

 ――後者はないわね。
 少なくとも、現段階では。

 航晴との結婚にメリットがあるとすれば、今のところは気になっていた人と添い遂げられる。その程度だ。
 私は代わりにキャリアを失い、彼との子どもを育て自由を奪われる。
 彼に尽くす人生の始まりだ。

 せっかくCAになれたのに。

 志半ばでそれを捨てるなど、冗談ではない。
 その時がくるとしたら。
 夢を捨てても構わないと思うほどに、狂おしいほど彼を求めるときだけだわ。

「今日は遠慮してくださる?」

 不敵な笑みを浮かべて挑発してやれば、航晴はぐっと唇を噛み締めたまま固まってしまった。

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