憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
5章・空の上で思いがけず、愛を自覚して

出社失敗

 ――今日は四月一日。

 新入社員を迎え入れる入社式や、入学式が全国各地で行われる日だ。
 そして、人事異動などが発表される日でもある。

「おはよう、千晴。朝は航晴くんと一緒に、出社しなさいね」
「何言っているの? CAがパイロットと一緒の送迎車に乗るなんて前代未聞よ! 変な噂が立つじゃない。絶対に嫌!」
「いずれ、大吾さんの娘であることは公表されてしまうわ。航晴くんとの関係も……」
「なんのために、朝早く起きたと思っているのよ。歩いて出社するわ」
「ベリが丘駅を経由して通勤するつもりなの? 無茶なこと言わないの。航晴くんと一緒が嫌なら、梨杏ちゃんと出社しなさい」
「あの子は今日オフでしょ!?」

 空港関係者は4勤2休が鉄則だ。

 シフトを交換したり搭乗するはずの便に遅延や運休が発生すると、守られないこともあるけれど……。
 ヨーロッパから昨日戻ってきた彼女の出社予定は、明後日のはず。

 歩いていくつもりなら、お母さんと言い争いなどしている暇がない。
 急がないと遅刻してしまうと苛立っていれば、噂の人物が顔を出す。

「千晴? 随分早いな……」

 玄関ドアが外側から開き、航晴がやってきた。
 状況が飲み込めていない彼の横を通り過ぎることさえできたら、誰にも私の出社は拒めないはずだ。

 目を丸くする彼の下へ、一目散に駆け出していく。

「千晴を止めて!」

 ――お母さんの悲痛な叫び声が響いた。

 それからのことは、よく覚えていない。
 航晴は名前を呼ばれてすらいないのに、俊敏な動きでこちらの行く手を阻む壁となり――当然のように私を抱きしめた。

 逃れようと暴れるけれど、びくともしない。

「なぜ逃げる」
「は、離して……!」
「また、嫌なことでもあったのか」
「いいから離してよ……!」
「千晴。教えてくれ」
「……!」

 耳元で囁くのは、反則だ。

 無駄に低く妖艶な声で呟かれた声にやられてしまい、抵抗する気力を奪われてしまった。
 力が抜けた私は胸元に寄りかかってしまう。
 彼は朝食を取るためなのか、当然のようにこちらの身体を抱き上げ、リビングに移動した。

「朝から騒々しくて、ごめんなさいね……」
「いえ、構いません」

 天倉家の脱出に失敗した私は、航晴の膝上に座らされる。
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