憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
「思った通りだ。千晴の浴衣姿は、美しいな……」

 紺色の生地に、紫色の杜若が描かれた浴衣は涼やかな印象を与える。
 きつい顔立ちの私はこうした暗い色が合うような気がしていたので、珍しく航晴と趣味が一致したなと感じていた。

「何より髪を簪でまとめ上げて、うなじを見せているのがいい。セクシーだ……」
「そこは褒めるところなの……?」

 うなじなんて、髪を纏め上げればいつでも見られるでしょうに……。

 納得がいかずに首を傾げれば、航晴は大きく頷く。
 何はともあれ、許嫁の普段と異なる姿を見て気に入ったことは確かなようだ。

 ――喜んでいるなら、なんでもいいか……。

 そう結論づけ、二人でリムジンに乗り込みホテルベリーズを目指す。

「あなたは浴衣を着ないの?」

 ポロシャツにジャケット、スラックスと革靴を身に着けた彼に問いかければ、トレーニングルームで汗を流したあとにホテルで着替えると宣言した。

 どうやら彼は、着つけができるらしい。
 それなら、一緒にホテルで手伝ってもらえばよかったのに――。

 そこまで思考を巡らせたあと、自分が思っている以上に彼を受け入れていることに気づく。

 航晴に着替えを手伝ってもらうなら、肌着のみになった姿を見せるってことよ?
 そりゃ、私の思いを打ち明ければ、そう遠くない未来に男女の仲にはなるでしょうけれど――。

「千晴?」

 そんなこと。
 まだ、早すぎるわ。

 航晴と愛し合う姿を想像してしまい、左右に首を振ってその光景を打ち消す。

 手を伸ばせば触れ合える距離にいるのに。
 軽々しく口にできない光景を思い描いてドキドキするなど、どうかしているわ。

 平常心を保たないと……。

「どうした。百面相をしているようだが……」

 顔を覗き込まれ、はっと目を合わせる。
 彼との距離が近すぎて、どうしようかと思った。

 航晴が私のことを心配している。

 その気になれば唇を触れ合わせられそうなほどの距離に、嫌な顔一つせずそばにいてくれることが――何よりも嬉しかった。

「なんでもないわ。浴衣姿が見られるのを、楽しみにしているわね」
「……ああ」

 今日はまだ、始まったばかりだ。
 私は何度も平常心でいるようにと自分に言い聞かせ、航晴と共にホテルベリーズへチェックインした。
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