憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットにすべてを捧げられる~
「失礼いたします」

 スタッフは誰もいないはずの客室ドアをノックしたあと中へ声をかけると、ゆっくりドアを押し開く。

「天倉様、三木様。峯藤様をお連れいたしました」
「ああ、ありがとう」

 ドアを開けてすぐの洋室には、ダブルベッドが二台置かれているようだ。
 その奥は全面ガラス張りで、露天風呂のようなものが窓の外に見える。
 お母さんは当然のように聞き覚えがある男性の声へ誘われるように、右側の部屋へ顔を覗かせた。

「ちょっと、お母さん……!」

 私は慌ててお母さんの肩を掴み、引き止める。
 勝手に客室を歩き回ったら駄目じゃない。
 スタッフの指示があるまで、大人しくしていないと――。

 その言葉が、私の口から紡がれることはなかった。

「な……っ!?」

 母の肩越しからテーブルセットの右奥に座る男性が誰であるかを確認し、驚きのあまり絶句してしまったからだ。

 四人がけの椅子には現在、右奥の椅子に座る年配の男性と、左手前に座る中年男性らしき後ろ姿が見える。
 男性陣の奥側の右隣と手前の左隣には、誰も座っていない。

「キャプテン!?」

 右奥に座っていた年配男性は、機長の天倉 大吾(あまくら だいご)さんだった。
 彼は持ち前の甘いマスクを惜しげもなく晒し、優しい笑みを浮かべている。
 その笑顔に見惚れて驚愕で二の句が紡げない私に、肯定するように頷く。
 驚くことは、これだけでは終わらなかった。

「待たせてごめんなさい」
「駅に着いたら、連絡しなさいと伝えたはずだよ」
「いいのよ、迎えなんて。久しぶりに、櫻坂とノースエリアを隔てる壁を見たい気分だったの。初めて出会った日のことを、思い出したくて……」
「お母さん……!?」

 母はキャプテンに話しかけると、堂々と空いている左奥に置いてあった椅子を引いて腰かけたのだ。
 流れるような動作に、私は目を白黒させて困惑する。

 どうなっているの……!?

 何よりも母が空いている椅子に座ってから、キャプテンの笑みがより光り輝いて見えるようになったのが問題だ。
 この二人って、どんな関係なの?
 お母さんがCA時代に交流があったとか?
 そんな話、聞いたことがないけれど――。

< 9 / 139 >

この作品をシェア

pagetop