プルメリアと偽物花婿
そんなおばあちゃんは、三年程前から物忘れがひどくなった。念のためにと検査したところ、痴呆症だった。年齢的にも仕方ないところもある。
まだそこまで進行していないから、私たち家族のことはしっかり覚えてくれている。最近家族に追加されたひ孫たちのことだって覚えているし、私が結婚するというような大きなことは覚えている。
ただ物忘れはかなり激しくなってきて、三十秒前にした会話を覚えていない。山田さんの顔や名前も憶えていないだろう。
私はおばあちゃんが変わっていくのが怖い。いつも背筋をピンと伸ばして、なんでもできたおばあちゃんが弱くなっている。
いつも美味しい料理を作ってくれていたけれど、それが億劫になってきているらしい。車が必要な街で車も運転できず、家事をやる気力もわかずに、家でぼんやりと過ごしていることが増えていた。
そんなおばあちゃんは私の花嫁姿を楽しみにしていた。といっても結婚を急かされていたわけではない。
幼い頃からの私の夢は「お嫁さんになること」だった。
なんとなくドレス姿に憧れて。お姫様に憧れて。何度も口にした夢だ。私が今でも覚えているほど。
おばあちゃんは最近のことを覚えていられないかわりなのか、思い出話をすることが多くなった。私のお嫁さんごっこはおばあちゃんの中では強烈な思い出だったらしい。
「凪紗ったら、レースのカーテンを全部取り外しちゃうんだから。それをベールとドレスに見立てて、お嫁さんになってたのよ」
「新郎役はいつも白のくまちゃんでね。私、タキシードを縫ったのよ」
そんな小学生時代の思い出話を愛しそうに何度もする。私にとっても、家族にとっても、宝物のような思い出だ。
おばあちゃんが私を忘れる前に。おばあちゃんの中で一番愛しい思い出の私の夢が叶ったところを見せたい。
どうせ私はもう恋愛をするつもりはないのだ。だけど、いつか結婚をするのなら……、おばあちゃんが私を覚えていてくれる間に。
恋を諦めた私が結婚を考える理由は不順で、独りよがりの物だったんだろう。結婚してから家族になって愛を育めばいいと思っていた。結婚をしたい人がちょうどいて、お互いちょうどよくて。だけど、そんな風に流されていたから、山田さんと本当の愛は築けなかった。
「おばあさんの前では、俺たち結婚していることにしましょう。ハワイで挙式をした新婚カップルです」
和泉は地元に向かう途中、そう提案してくれた。
菜帆と和泉との飲み会の席で、私は酔うと何度かおばあちゃんの話を出していたらしい。結婚したい理由とどれだけ自分がおばあちゃん子かを。
和泉はずっと覚えてくれていた。だからハワイでも、私にドレス姿を残すように言ってくれた。
そしておばあちゃんを混乱させないように。優しい嘘をついてくれる、いつか本当にしたい嘘を。