プルメリアと偽物花婿
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開けっ放しのカーテンの向こうはすっかり夜になっていた。気づけば二時間も和泉の部屋に滞在してしまった。
「すみません、もうこんな時間でしたね。ご家族、大丈夫ですか?」
「お昼ごちそう食べすぎたから。夜はなんにもないよ。こういう日は各自お茶漬けとか食べるから」
「あはは、確かに。俺も夜はお茶漬け食べようかなあ」
「ていうか、本当に食べ過ぎた。油断してた」
今日は調子に乗って食べ過ぎた。お腹がぱんぱん過ぎる。こんなお腹をさらけ出したかと思うと、今さらながら恥ずかしくなってくる。
「ふふ」
和泉は私の考えていることに気づいたらしく、私の肉をぷにぷにと触るから小さく小突く。それでもニコニコしている。
「明日、お父さんが駅まで送ってくれるって」
「助かります」
「この田舎は車ないと不便だからね」
別れがたくどうでもいい話をしてしまう。明日、同じ家に帰るというのに。
「――じゃあそろそろ帰るね」
「そうですね。ご家族と過ごすところを引き留めてすみません」
「ううん。ちょっと滞在しただけだし」
「ちょっとではなかったですけどね。先輩が可愛いのが悪いんですよ」
結局甘くなるやり取りをしながら、玄関に向かう。私の部屋くらいある大きな玄関で、座って靴を履いているとカチャリと鍵の音がする。
……和泉のお母さんが帰ってきた……!?
和泉と目を合わせる。覚悟を決めて息を吞み、扉を見守っていると
「あれ? 拓真帰ってきてたんだ? ――彼女?」
そう言いながら現れたのは和泉のお母さんではなかった。
「うん。珍しいね、和馬がこの家に来るなんて」
「ちょっと必要なものがあって」
彼の目線が私に移動したのがわかる。私はじっと俯いた。
「先輩。俺の兄です」
和泉の声が遠くで聞こえるような感覚がする。声よりも心臓の音がうるさい。
お兄さんを紹介されているんだ。すぐに立ち上がって、挨拶をしなくてはいけない。だけど顔を上げられない。
だって、私はこの声を知っている。忘れたくても忘れられなかった声だから。