プルメリアと偽物花婿
 
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 山岡先生と出会ったのは十七歳の頃。
 花嫁に憧れる夢見がちの田舎の少女が、年上の男性に積極的なアプローチをされれば恋に落ちるのは一瞬だった。

 私は同級生たちと同じく、高校二年生の春から塾に入った。
 夏期講習の帰り、大雨が降っている日のこと。

「下谷、帰れないのか?」

 傘がない私は、おばあちゃんに迎えに来れないかメッセージを送ったところだった。そこに声をかけてきたのが山岡先生。
 他の先生たちと違ってお洒落なスーツを着こなす二十五歳は、女子高生たちの憧れの的だった。性格も明るく、生徒たちと同じ目線で話してくれる。恋に夢見る私も、例に洩れず憧れの気持ちを持っていた。

「はい、今おばあちゃんに連絡したところで――あ……」

 ちょうどおばあちゃんから「ごめん、今隣の市にいるから帰るまで三十分はかかるかな」と返事がきたところだった。

「まだ時間がかかるみたいなので、自習室で勉強します」
「送って行こうか? ちょうど俺も帰るとこなんだ」

 山岡先生は微笑むと車の鍵を見せた。
 
 送ってもらう間のふわふわとした感覚は今でも覚えている。女子高生にとって、大人というだけで、車を運転できるというだけで、こちらが楽しくなるようにトークをしてくれるだけで全てが憧れになる。だけど、憧れから一歩踏み込み、恋になるかは別だ。それは恋愛というよりも、芸能人に近いものだったと思う。
 だけど、山岡先生はそれを平気で超えてきた。

 どしゃぶりで視界が悪い夏の夕方。家の近くに停められた車内で私は不意に頭を撫でられた。

「下谷はいつも頑張っててえらいなあ」
「……あ、ありがとうございます」
「下谷ってかなり落ち着いて見えるけど長女だったりする?」
「いえ、姉がいますよ」
「へえ、周りの女子よりも大人っぽいって言われない?」
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