プルメリアと偽物花婿

 一年半、先生との関係は続いた。それはたった週に一度、数十分の逢瀬。初恋の高校生は恋人の当たり前をしらない。先生が終わるまで空き教室でひっそりと待つ時間も愛しかった。
 自習室で毎日勉強していると言えば、親も疑わない。実際に先生を待つ間は勉強もしていたから嘘というわけではない。ただ一週間に一度コインパーキングで親には言えない関係を結ぶだけだ。

 そして約束の三月。二月に私は志望校に合格が決まり卒業式が終わると友達とお祝いをすることもなく真っすぐに塾に向かった。
 一週間前に先生と約束した。卒業式の日に、先生の自宅にお邪魔して初めて結ばれると。青くて恥ずかしい約束だ。でもその時の私にとっては一世一代の恋だった。
 だけど、塾に向かった私が見たのは。周りに冷やかされながら婚約を祝福されている先生だった。知らない女性が職場にやってきたらしく挨拶をしている。
 先生と目が合った。先生はすぐにさっと目をそらし、これが答えだと分かった。
 そこでわめくことができれば、違っていたのかもしれない。次の恋に進めたのかもしれない。

 でも「凪紗は他の女生徒と違って大人っぽいな」という先生の言葉が呪いのように絡みついて、そのまま動けなかった。

 人は平気で嘘をつける。キスなんて愛していなくてもできる。
 平和な環境で育って、恋に憧れていて、彼に青春をすべて捧げた高校生の心が砕かれるのは無理もなかったと思う。
 
 先生と二人で暮らすことを夢見ていた東京での一人での生活は心を硬く閉ざした。
 男の人の言うことなんて信用できない。可愛いねと言われても裏にあるのは醜い下心だ。
 誰と出会っても身構えてしまい、出会いがあってもつまらない女だと言われて、恋愛ができないまま私は山岡先生の年齢を超えていた。

 ――その山岡先生が。和泉の兄として目の前にいた。
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