プルメリアと偽物花婿
**
深夜二十三時のファミレスは人もまばらだ。ドリンクバーだけ頼んで薄いコーヒーを飲む。
パーキングで二人になることは避けたくてファミレスを指定した。良い関係ではない人との話し合いはファミレスが一番安全だとどこかで見たから。
「凪紗、きれいになったなあ。やっぱり東京に行くと変わるね」
「……何の用ですか」
ファミレスに到着してからずっと黙っていたけれど、さっさと要件を済ませて帰ろう。
「つれないなあ」
山岡先生はそう言って笑う。――今の彼は三十六歳になっているはずだ。
田舎の中ではスマートな服装かもしれないけれど若作りに思えるし、不健康で黄ばんだ肌が時の経過を思わせる。
「聞いたよ。拓真と付き合ってるんだって? しかも結婚を考えているとか。もしかして知ってたの? 俺たちが兄弟ってこと」
「…………」
知っているわけがない。和泉と先生は顔立ちも全く似ていない。
それに知っていたら……和泉とは親しくならなかったと思う。
「まさか俺とヨリを戻したくて、拓真を使ったとか?」
「……そんなわけありません」
あれだけ爽やかに見えていた笑顔も、今は小汚く思える。青い憧れが消え去ったことに寂しさというか、過去の自分への軽蔑じみたものが出てくる。
「でも俺と凪紗はよっぽど縁があるみたいだね」
コーヒーカップに添えていた手に、先生の手が伸ばされた。
すぐに手を引っ込めるけど、触れた途端に心臓がバクバクと音を立てる。もちろんときめきなんかじゃない、嫌悪感で胸の中が真っ白になる。
「用件はなんですか」
鋭くなる声を吐き出すと、山岡先生はくすくすと笑った。そうだ、この男はいつもこうやって余裕たっぷりに私を見下す。
「俺はずっと凪紗に謝りたかったんだ」
「必要ありません」
「本当はあの日、俺は塾をやめるつもりだったんだよ。凪紗と一緒に東京に行く準備をしていたんだ」
「嘘です」
「本当だよ。調べたらわかるけど三月末に塾をやめてる」
ずきりと胸が痛む。十八歳の私が泣いている。全然この苦しみを過去に出来ていないからだ。
深夜二十三時のファミレスは人もまばらだ。ドリンクバーだけ頼んで薄いコーヒーを飲む。
パーキングで二人になることは避けたくてファミレスを指定した。良い関係ではない人との話し合いはファミレスが一番安全だとどこかで見たから。
「凪紗、きれいになったなあ。やっぱり東京に行くと変わるね」
「……何の用ですか」
ファミレスに到着してからずっと黙っていたけれど、さっさと要件を済ませて帰ろう。
「つれないなあ」
山岡先生はそう言って笑う。――今の彼は三十六歳になっているはずだ。
田舎の中ではスマートな服装かもしれないけれど若作りに思えるし、不健康で黄ばんだ肌が時の経過を思わせる。
「聞いたよ。拓真と付き合ってるんだって? しかも結婚を考えているとか。もしかして知ってたの? 俺たちが兄弟ってこと」
「…………」
知っているわけがない。和泉と先生は顔立ちも全く似ていない。
それに知っていたら……和泉とは親しくならなかったと思う。
「まさか俺とヨリを戻したくて、拓真を使ったとか?」
「……そんなわけありません」
あれだけ爽やかに見えていた笑顔も、今は小汚く思える。青い憧れが消え去ったことに寂しさというか、過去の自分への軽蔑じみたものが出てくる。
「でも俺と凪紗はよっぽど縁があるみたいだね」
コーヒーカップに添えていた手に、先生の手が伸ばされた。
すぐに手を引っ込めるけど、触れた途端に心臓がバクバクと音を立てる。もちろんときめきなんかじゃない、嫌悪感で胸の中が真っ白になる。
「用件はなんですか」
鋭くなる声を吐き出すと、山岡先生はくすくすと笑った。そうだ、この男はいつもこうやって余裕たっぷりに私を見下す。
「俺はずっと凪紗に謝りたかったんだ」
「必要ありません」
「本当はあの日、俺は塾をやめるつもりだったんだよ。凪紗と一緒に東京に行く準備をしていたんだ」
「嘘です」
「本当だよ。調べたらわかるけど三月末に塾をやめてる」
ずきりと胸が痛む。十八歳の私が泣いている。全然この苦しみを過去に出来ていないからだ。