プルメリアと偽物花婿
「俺との今後はじっくり考えてもらってもいいです。先輩の『恋愛出来ない』って言うのは普通に思い込みだと思いますし」
「思い込み……」
「この旅行中だけでいいんで。俺のこと、花婿代理にしてもらえませんか? 挙式では完璧にエスコートします。あいつのこと思いださないように俺が全力で旅行も楽しませますから」
和泉のさらさらとした前髪が揺れる。思っていた以上に私たちは至近距離で。近くで顔をじっと見つめられるとさらに落ち着かない気持ちになる。
「でも……」
「深く考えなくてもいいですよ。挙式はコスプレみたいなものと思って。ね? 写真を撮るためのものと思えばいいですから」
「……でも」
「俺は凪紗先輩とハワイ旅行できるだけで楽しいです。だからこの一週間だけ、俺の花嫁になってくれませんか?」
少し色素の薄い瞳が私を映している。私は……昨日から何も考えたくなかった。ずっと逃避している。
私のことを好きだと言ってくれる和泉。だけど和泉のことを――というより職場の人をそういう風に見たことはない。ううん、職場の人だけじゃない、誰かと恋愛する気なんてない。
――それなのに、甘えてしまっていいんだろうか。
「俺に遠慮する必要なんてないですよ。俺にとっては自分をアピールできるチャンスなんですからね」
和泉は私の心を見透かすようにそう言った。
「せっかくハワイにいるんです。一週間なにも考えずに、普通に旅行楽しみませんか?」
「……えっと、ありがとう。旅行に付き合ってくれて。この一週間、よろしくお願いします」
それが精一杯の返事だった。正直まだ混乱してる。だけど和泉の言う通り、もう私たちはハワイにいる。
「かしこまった凪紗先輩ってレアだ。俺、精一杯花婿の使命を果たします! よろしくお願いします!」
私の返事に和泉はぱっと顔を明るくさせて、私の手を取ってぶんぶんと振る。
「あ。代理じゃなくて、いつでも本当の夫になれますからね。いつだって本物昇格可能です!」
あまりの勢いのよさに私もつい笑ってしまった。
これから和泉とどうしていくのか、それはたくさん考えないといけないけれど。だけどこの旅行を楽しみたい。そう思う気持ちは本当だった。