プルメリアと偽物花婿
「和泉から聞いたと思うけど俺の父は市議会議員でね。あの時期いろいろあって事務所を手伝うことになってしまって。親の決めた婚約者まで出来てしまったんだよ」
「…………」
「もちろん俺は凪紗のことを愛していたから、婚約は断るつもりだったよ。あの日、婚約者が押しかけてきていたんだ。無碍にもできず案内していたら、ちょうど凪紗が来て……」
「でも結婚されたんですよね」
「凪紗が東京に行ってしまったからね。でも今は独身だ。凪紗のことが忘れられなかったんだ」
山岡先生は優しく微笑みかけてくる。――全部嘘だ。あれは恋でも愛でもなく、ただの搾取だった。
「そうですか。私は思いだしたことなどありませんでした」
私も嘘をつく。もちろん恋とか愛で忘れられなかったわけではない。でも心の一番柔らかい場所をずたずたに踏み荒らされたのだ。
「そうか。残念だな、凪紗がまだ俺のことを好きでいてくれると思ったのに。今ならもっと堂々と愛し合えるのに」
「あの時は、私が若く浅はかでした。愛するなら卒業するまで待ってくれていたんじゃないでしょうか」
「違うね。愛しているからこそ、我慢できなかったんだよ」
「……お話は以上ですか? どちらにせよ過去ですから」
私は席を立ちあがった。もう話すこともない。過去の私の叫びを聞き続けるのはこれ以上耐えられない。
ガッと手首を掴まれて、全身に鳥肌が立つ。山岡先生は微笑みを浮かべたままだ。
「拓真に話すと言ったら……?」
「どうぞご自由に。貴方と会うことは二度とありませんから」
「といっても拓真と結婚するなら俺とは親族になるんだけど」
ああ、これは嫌がらせなのかもしれない。彼は私のことを愛してなどいなかったし、今も彼のおもちゃなのだ。
私は財布から千円を取り出すと、テーブルに置いた。
「失礼します」
「送って行こうか?」
「車で来たので結構です」
「大人になったねえ」
振り返らずに出口に向かう。じっとりとした目線が背中に張り付くことに吐き気を覚えながら。