プルメリアと偽物花婿

「え?」
「そんな思い詰めた顔しないでください」

 強く抱きしめられてるから和泉の顔が見えない。身体を捩るとさらに強く抱きしめられる。

「和泉、くるし……」
「すみません。でも今さら先輩のこと手放せないです」
「和泉」

 無理やり身体を離すと、不安で濡れた和泉の瞳と目が合った。その表情に胸がじりりと痛くなる。和泉にこんな顔をさせるつもりはなかった。平日に話すより、土日に話せばいいと思っていたけど……これも言い訳か。ちゃんと伝えないと!

「和泉、ごめんね。私――」

 謝ろうと思った唇は無理やり奪われた。息ができないほど、嚙みつかれるようにキスをされて。こんな何かに急かされている和泉は初めてかもしれない。

「いずみ……っ」

 身体もぴったりくっついて、身体も顔もがっちりと掴まれる。いつも優しいから気づかなかったけど和泉の力は強くて、身体は大きい。
 和泉は私の声が聞こえないみたいにキスを続ける。ううん、言葉ごと食べられてるみたいだ。
 
 先日の、山岡先生の「愛してるからこそ我慢出来ない」が頭に響いて、胸の底がひやりとする。ううん、違う。和泉は違う。だけど目の前の和泉は少しだけ怖い。

「……いずみ」

 苦しさから胸を叩くと、ようやく和泉は身体を離した。
 私は笑顔を作ってみせるけど、和泉はそれにひどく傷ついた表情をした。

「……すみません。頭冷やしてきます」

 和泉から温度のない声が放たれたかと思うと、リビングを出ていく。

「和泉、待って……!」
「すみません。ちょっとだけ一人にしてください」

 和泉は笑顔を作ると、そのまま外に出ていってしまった。
 残された私は扉を見る。……こういうときってどうすればいいの?
 
 一人にして、と言われたらそっとしておいた方がいいのか。それとも追いかけるべきなのか。
 恋愛の駆け引きがわからない。……だけど、追いかけなきゃ。
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