プルメリアと偽物花婿

 私は慌てて玄関の扉を開いた。Tシャツにジャージだけど、気にしていられない。すぐに追いかけなくちゃ追いつけない。

「おっと……すみません」

 扉の向こうには、宅配業者が立っていた。

「下谷さんですか? こちらお届け物です」
「あ――はい、そうです。ありがとうございます」
「エントランスちょうど空いてたんで、下でインターホン押さずに通ってきてしまいました」

 宅配業者はそう言いながらサインを求めてくる。焦りながらサインをするから字が乱れた。
 両手で抱えないといけない段ボールを受け取って、ひとまず部屋に運び込む。
 ――もう和泉のことを、追いかけられないだろう。
 諦めながら段ボールに目をやる。私宛の荷物……頼んだ覚えは何もない。依頼主を確認すると挙式をお願いしたウエディング会社からの荷物だった。

「アルバム……は頼んでないよね」
 
 何か注文した覚えはなく、何かが間違いで届いてしまったものだろうか。すぐに確認しようと段ボールを開封する。

 ――出てきたのは、プルメリアだった。

 いや、これはただのプルメリアじゃない。挙式で使った、プルメリアのブーケだ。
 それが白いガラスケースに入れられていて、それがプリザーブドフラワーだと理解する。
 同封されているウエディング会社からの書類にも、挙式で使ったブーケを加工したものだと記されていた。
 こんなことをしてくれるのは……和泉しかいない。

 かさりと、小さなカードが落ちた。

 ウエディング会社からのメッセージカードのようで、背景にプルメリアが描かれたものだ。

『ハワイで愛されるプルメリアは『大切な人の幸せを願う』という意味が込められています。お二人のこれからの幸せをお祈りしています』

「…………」

 ――プルメリアの花言葉って知ってます?
 挙式当日の和泉の声が頭に響く。
 ――先輩と俺にぴったりだなあと思って。

 和泉はどんな気持ちで、このブーケを永遠にしようとしてくれたんだろう。

 靴箱の上にプリザーブドフラワーをそっと置くと、私は玄関を出た。
 もう追いつかないとかそういうことはどうでもよかった。和泉に向かって走り出さないと意味がなかった。
 
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