プルメリアと偽物花婿
 神父は片言で「愛を誓いますか?」と定番の質問をして、和泉は涼しい顔で「誓います」と答え、私も「誓います」と小声で発した。
 
 そして偽物の愛を誓ったあと私たちは向かい合った、誓いのキスのために。ベール越しに和泉の顔が見える。
 向かい合ってみると朝みたいに顔を赤くしているのがわかる。血が出そうなほど唇をかみしめている。
  
 偽物の愛を誓ってしまえば、もうどうにでもなれ!という気持ちも出てきたはずが、和泉が照れている様子を目の当たりにするとまた背中がじわりと汗ばむ。
 
「すみません、さすがに緊張します」
「私も緊張するよ」

 和泉が私のベールに手をかける。その手がかすかに震えていることに気づいて、私の気持ちまでほんの少し揺れてしまう。
 まるで赤ちゃんを触るような手つきで、和泉はこわごわとベールを上げていく。その慎重さが、私を大切にしてくれているのが伝わって、ベールで隠していた表情を見られるのが恥ずかしい。
 目と目が合うと、小さく頷いて目を閉じてみる。
 私から目を閉じなければ、和泉はいつまでもキスができない気がした。……こういうところは強引じゃないことを私はもう知っている。

 むき出しの肩に手が触れる。大きな手は私の肩をすっぽりと覆ってしまう。触れる手はひどく優しくて、ドレス姿だから本当にお姫様になってしまったみたい。
 
「凪紗先輩、好きです。大切にします」

 和泉は真っすぐに私の唇に向かわず、耳元を経由する。甘い声が耳をくすぐる。囁かれた言葉になぜか少しだけ泣きたくなる。
 
 ――和泉のキスは頬に落ちた。
 
 唇じゃないんだ。少し意外で目を開けると、和泉の顔はなんだか泣きそうに見えた。

 ……和泉は今何を考えているんだろう。
 とにかく、それは喜びの表情ではない気がした。
  
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