プルメリアと偽物花婿
「なんで旅行の準備が」
「言ってたでしょ、今夜から断食道場に一週間行く予定って」
「ああ、そういえば」
そんなことも言っていたような――って、そうじゃなくって!
和泉は航空券をひらひらさせながら、スーツケースを引いて廊下に向かって歩いていく。私も仕方なく大きなスーツケースを転がして後を追いかけた。
「和泉。待ってよ」
「せっかくだし、行きましょうよ。ハワイの明るさに当てられたらどうでも良くなりますって」
「いや、だから。そこじゃないの。なんで和泉、付き合ってくれるの」
乗り込んだエレベーターが閉まる。
「俺が今日から断食道場に行こうとした理由わかります? 一週間外界から離れたかったからですよ。大失恋して、世の中を恨んで何もかも壊しそうだったので」
「和泉も傷心仲間で、リフレッシュしたいってこと?」
「――そうですね、そういうことでいいです。凪紗(なぎさ)先輩が嫌なら、やめておきますけど。せっかくだし、行きません? もったいないし」
山田さんからのメッセージを確認してから多分五分くらい。その短い間に予測不可能な事ばかり起きている。いまだ冷静になれていないまま、エレベーターは一階に到着していて。
「これ後ろ積みますね」
状況を把握できていないまま、いつの間にか目の前にタクシーがいて、和泉が二人分のスーツケースをトランクに積み込んでいた。
私も荷物のように後部座席に積み込まれていて、感情を取り残したまま車は発進した。
「フライトは夜でしたよね。空港についたら空港メシ食べましょ。俺海外行く前に和食食べておきたいんですよね。あ、先輩は免税店みたいとことかありますか?」
和泉は営業先に行く前にランチ行きましょうか。みたいな軽いノリで聞いてくるし。
一体、何がどうなって、こうなって……。
何もついていけないまま、確実に私はハワイに向かっていった。