プルメリアと偽物花婿
 私はダイビングもしたことがないから、水中に長時間滞在することも生まれて初めてだ。本当に息が続くのか不安がある。
 肩まで水に浸かり、頭を水面に沈めるのは少し覚悟がいる。
 ほんの少し深呼吸をしてからはしごをおりていく。

 ……ふう、緊張する。私の足元に和泉のヘルメットが見える。
 和泉が進むから、置いていかれないように歩みを進める。

 ようやく海底まで到着すると、インストラクターが手を振ってくれていた。私はヘルメット姿の和泉に向かって笑顔を向けてみる。和泉も緊張しているのかぎこちない表情で、可愛いところもある。

 インストラクターが肩をつついてくれて、そちらの方を見ると魚の大群がいて、わあ……! すごい!と声をあげる。
 あ、でもそうだ、ここは喋れないんだった。
 和泉にすごいね、と気持ちを共有できないのが寂しい。思えばこの三日ずっと和泉と気持ちを分けてきたから。

 インストラクターが私たちに何かを手渡してくれる。……これはパン?
 インストラクターがパンをその場に放すと魚がたくさん集まってきた。……すごい!
 私も真似してやってみると、魚が近づいてきてシュノーケリングよりももっと海に近づいた気がした。

 インストラクターは何かジェスチャーをしてみせた。どうやらこのまま海底を歩いていくらしい。
 そうか、まだ船から降りてきたばっかりだった。シーウォーカーという名なのだから歩かないといけないのだった。水の抵抗もあってのっそりとしか歩めなくておもしろい。

「和泉、楽しいね!」

 聞こえるわけもないけど和泉に向かって口パクをしてみる。
 ――和泉はパンを握りしめたまま、固まっていた。
 笑顔はなく、口をパクパク言わせているけど。私に何か話しかけているというより……

「……和泉? 大丈夫?」
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