プルメリアと偽物花婿
 インストラクターは数歩進んで私たちがついてくるのを待っている。和泉は全く進もうとしない。

 え……? 何があったの?
 まさか、和泉のヘルメットに酸素がいっていない……!?
 ドキリと胸が音を立て、ざわざわと不安が足元からこみ上げる。

「和泉、大丈夫!? 苦しいの!?」

 海の中ではもちろん声が聞こえるわけではないけど表情と口の動きで伝えてみる。……和泉の返事はなく、私と視線すらあっていない気がする。
 本格的にまずい。どうしよう、どうしよう。でもこういう時こそ焦ったらダメだ。和泉は気分は悪そうに見えるけど、息ができていないわけではないはずだ。酸素がいってなかったらもっと苦しそうなはず。
 ――だけど体調不良なのか……、何かは起きている。

 このまま和泉に話しかけ続けても仕方ない……!
 私は、こんな海の底では何もできない!
 私は慌ててインストラクターの元に向かうが、インストラクターは私がついてきたのを見てさらに進もうとしてしまう。
 私は重しがついているからのっそりとしか歩けないし、叫びたくて叫べない。
 ……だめだ、ついていったら気づかれない。
 嫌な心臓の音がバクバクと響く。先程まで心地よかったはず海の水が身体を急速に冷やし、深い青が恐ろしいものに見える。

 そ、そうだ。和泉のもとに戻ろう。
 私は後ろ歩きで和泉の元に戻ってみせる。インストラクターはダイビングのマスクをつけているから表情は読めないけど、私の動きをみて首を傾げた。
 異変に気づいてくれたみたい……! 私は和泉に向かって手を伸ばしオーバーに動かして見せる。

 インストラクターはようやく何かあったと気づいてすぐに戻ってきてくれた。さすがに彼は身軽で一瞬で私たちのもとに到着した。
 和泉の様子を確認すると、和泉の身体を支えながらはしごのもとに戻っていく。

 すぐに海上にあげなくて大丈夫なの!?重しのせいであがれないの!?
 またしても不安が襲ってくるけど、私の不安をよそに和泉は自分の力ではしごをのぼっていった。
 ……少し安心する。でも一体何が起こったんだろう。
 インストラクターは和泉が上っていくのを見送ると、私にも視線を向けた。はしごをのぼるようにジェスチャーを送るから私も船に戻る。

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