プルメリアと偽物花婿
 だけど今日の階段のぼりは確実に明日に響く。抱っこはともかく、うまく歩けないかもしれない。……だけどそれでも大きな問題はない。明日はもう帰るだけだ、現実に。

「明日はホテルの朝食を食べない?」
「いいですねえ、最後まで食を楽しむ姿勢」
「せっかく憧れのホテルなのに一度も朝食を食べてないから」

 搭乗時刻はお昼過ぎとはいえ、午前中に空港についていないといけない。明日の楽しみは朝食と簡単なお土産購入くらいだろう。それならばホテルを堪能したい。

「わかりました。やっぱり旅行は食ですからね。それでそんな先輩に提案なんですけど、今夜はディナーに出かけませんか?」
「うん! 今日は朝も昼も控えめだったから、なんでも食べられるよ!」

 思わず勢いよく言ってしまい、和泉はおかしそうに笑った。すごい食い意地が張っていると思われそうだけど……せっかく最後なんだもん。

「実は予約しているレストランがあるんです」
「え、予約してくれてたの? 行きたい」
「その前に着替えていきましょうか。一応ドレスコードがあるお店なので」

 和泉はTシャツジーパン姿の私を眺めると、お土産の山から一つの紙袋を取り出した。そこから和泉が取り出したのは深いブルーのワンピースだ。とろみのある素材のロング丈でドレスにも思える上品なもの。

「どうしたのこれ」
「さっき買いました。凪紗先輩が熱心に見ていたお店だから好きかなって」
「好きだけど……」

 好きだけど少し値段設定が高めのブランドでなかなか購入できないでいるものだ。和泉は私にワンピースを手渡すから戸惑いながらも受け取る。いつのまに買っていたんだろう、全く気づかなかった。

「これを着て俺と最後の夜を過ごしてくれませんか」
「……キザだ」
「かっこつけてみました。嫌でした?」
「ううん、ありがとう」

 手触りのいい布が手のひらに馴染む。スマートさが悔しくて、嬉しい。
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