プルメリアと偽物花婿
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「先輩、まあまま酔っ払ってるじゃないですか」
「へへ、歩いたら酔いが回ってしまった」

 私の足がふらふらしているのに気づいた和泉は、部屋に入るなりソファに座らせてすぐにグラスに入った水を手渡してくれた。

「ほんとに仕事ができる……和泉、まだ飲み足りなかった?」
「いえ、余ったので飲んでるだけです」

 隣に座った和泉はコナビールをグラスに注いでいる。冷蔵庫にいくつか残っているものを飲み切るつもりらしい。

「先輩が酔ったところ初めて見たかもしれません」
「でも取引先の接待も、相手が飲む人だったらこれくらいは酔ってるよ」
「え、本当ですか。酔ってるの気づきませんでした」
「あはは、人の前では気張ってるだけ。タクシーに乗り込んだら、でろんってなるよ」
 
 和泉は心配しているけどこれくらいの酔いなら、よくあることだ。
 今だって別にべろんべろんに酔っ払っているわけではない。いつもより少し頭がふわふわして、舌がまわらなくなってるけど心地良いくらいだ。ただ人前ではそんな姿をあんまり見せたくないから気を付けていただけだ。
 ……和泉の前では気持ちを緩めすぎてしまう。

「はあ……」

 和泉が大きなため息をつく。私は慌てて水を飲み干して言い訳した。

「ごめん。でも大丈夫だよ、水飲めばすぐに落ち着くし。そこまで酔ってないんだよ」
「いや、そういうことじゃなくて……先輩ってけっこう天然たらしですよね」
「たらし?」
「……そうやって俺の前だけ無防備になるのずるいんですけど」

 和泉は前かがみになり、自分の手に額をくっつけた。顔は見えないけど、耳が赤い。きっと手の向こうに赤い顔が隠れてる。その事実に気づけばまた胸が甘くうずいてしまう。

「先輩がそうやって俺の前で肩の力抜いているのは、いい意味に捉えていいんですよね」

 手から顔を離すと、私の表情を伺うように和泉はこちらを見た。
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