プルメリアと偽物花婿
 ここには美しい海も爽やかな空気もない。見渡す限り段ボールと雑多に散らかったもの、そして夢の世界の証のお土産が乱雑に置かれている。
 それに……和泉もいない。

 また明日から労働が始まる。だけど隣の席に和泉がいる。そう思うだけでぽかりと空いた胸が少しだけ埋まる気がする。

「今日はもう寝ちゃおうかな……」

 ぼんやりスマホを眺めていると、メッセージが入った。
 差出人は――和泉。

『仕事終わりました! 現実つらいです……。まだご飯食べてなければ、夜ご飯行きませんか?』

 シンプルなメッセージだ。なのに、なぜか涙が出そうになってしまった。

 
 **

 会社の最寄り駅から三駅、そこに私のマンションはある。
 徒歩八分だけどオートロックも完備されているし、通勤しやすいから気に入っているマンションだった。
 
 和泉は私の最寄り駅まで来てくれて、私たちは近くの居酒屋に入った。

「現実に乾杯ー」
「嫌な乾杯だね」
「今日本当に疲れましたよ……」

 和泉はお通しの枝豆を食べながら疲れた表情をした。久しぶりに和泉のスーツ姿を見る、見慣れているはずなのに新鮮だ。

「でもよくこんな早く終わったね」
「もう今日はやる気ないってわかってたんで、仕事入れないようにしてました。メールチェックで終わりです」
「メールやばそうだなあ」
「先輩も明日は覚悟しといた方がいいですよ」

 明日が恐ろしい。でも仕事が忙しいのなら、今日のような虚しさみたいなものは感じないと思う。

「先輩はどうでした? 家、出ないで済みそうでしたか?」
「ううん。次の入居者決まっちゃってるみたい」
「まあそうですよねえ。この駅人気ですし」
「本当にもったいない、気に入ってたのに」
「それも含めて山田に請求しましょうね」
「今日も連絡したけど、まだブロックされてた」
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